2020年10月2日金曜日

刑事手続と出入国管理手続のはざまで

裁判を待っている間にオーバーステイで強制退去?

先日、千葉地方裁判所で無罪判決を得た。20代前半のカナダ人女性が友人に誘われて来日し、空港の税関検査で、持ってきた缶詰の中からコカインや大麻が見つかったという事件だった。起訴から判決まで1年4ヶ月を要した。本当に長かった。

無罪。そしてようやく釈放。本当ならそのまま一緒に裁判所を後にして、喜びたいところだ。しかし、被告人が外国人の場合、そう簡単にはいかない。その時点で在留期間を過ぎている場合には、出入国管理法違反(オーバーステイ)の疑いがあるとして、出入国在留管理局に連れて行かれてしまうからだ。彼女の場合は、観光目的の短期滞在の在留資格(90日)で来日していた。判決を言い渡された時、とっくに在留期間が過ぎていた。

こうした事態はしばしば起きる。当局が、裁判を受けることを目的として短期滞在の在留資格の場合の期間更新を原則として認めていないからだ(注1)。実際に私は、別の事件で、裁判を待っている依頼人の在留期間の更新を申請したが、否定されたことがある。

自分が希望して日本に滞在するわけではない。一方的に訴追され、勾留され、裁判を待っているだけなのに、在留期間の更新ができず、結局在留資格を失って退去強制されるというのは、おかしくないだろうか。


在留資格は保釈にも影響するーもう一つの「人質司法」

問題は、オーバーステイにより退去強制事由が認められてしまうことにとどまらない。このことは、保釈、そして無罪を主張する権利にも影響する。

どういうことかというと、裁判手続にはどうしても時間がかかる。否認事件の場合、90日で終わることはほとんどない。被告人が短期滞在の在留資格で滞在している外国人(例えば、ビジネス出張や旅行で来日した外国人)の場合、裁判を待っている間に在留期間が過ぎ、在留資格を失うことがほとんどだ。ところが、裁判所は、在留資格のない外国人にはほとんど保釈を許可しないという現実がある。そのため、外国人が無罪を主張し、裁判に時間を要するため、裁判が係属している間に近い将来在留資格を失うことが見込まれる場合、現実的には保釈は許可されないということになる。

保釈されずにずっと身体拘束され続けるならば、無罪を主張することを諦めて、有罪答弁して判決を甘んじて受けいれるーそういう考えに陥るのはごく自然なことだろう。自分の依頼人にも、そのように判断して争うことを諦めた人が何人もいる。これは、もう一つの人質司法というべき問題だと思う。


問題解決のために

この問題を解消するための方法は、短期滞在による在留資格の更新を認め、あるいは、裁判を受けることを活動内容として、別の在留資格への変更を許可することだ。そうでなければ、出張のために来日したビジネスパーソンや、観光のためにやってきた旅行者が、何かの理由で逮捕勾留、起訴され、裁判を受けることになった場合、ほとんど保釈の可能性がなくなる。結果、無罪を主張することを諦めることになってしまう。そんな国に来たいと思うだろうか。

そして、裁判所においても、在留期間が過ぎるまでの間にできるだけ早くに裁判を終わらせる、迅速な裁判を実現するよう努めるべきだと思う。


旅券の携帯義務と保釈


刑事弁護をやっていて刑事手続と出入国管理法の間の矛盾を感じるのが、保釈中の旅券携帯義務である。
外国人の場合、弁護人が旅券を預かることを保釈の許可条件とすることがよくある。旅券がなければ海外渡航することができないので、これは逃亡を防止するための実効的な措置といえるだろう。
中長期在留資格(例えば定住者)の外国人の場合には、あまり問題はない。しかし、短期滞在の在留資格の外国人は、旅券を携帯し、求められた場合には呈示する義務を負っている(出入国管理法23条)。そのため、保釈された場合に旅券の扱いをどうするのかという問題が生じる。このことが大きく取り沙汰されたのが、カルロス・ゴーン氏の保釈と逃亡だった。

裁判所の運用もまちまちである。弁護人が本人の代わりに旅券を携帯し、呈示を求められた場合には、速やかに弁護人が被告人のもとに駆けつけて呈示することとして旅券の携帯等義務を果たさせようとする裁判官がいる。一方、代理人による旅券携帯は許されていないとして、このような方法を否定する裁判官もいる。鍵付きのケースに入れ、鍵を弁護人が保管することにより解決しようとする場合もある。

 しかし、この問題も、旅券の携帯について入管法を改正するなどして統一的な解決を図るべきであろう。例えば代理人による携帯を認め、呈示をを求められてから一定の時間内に旅券を示せれば携帯・呈示義務を果たすことができることとしてはどうか。実際に、諸外国にはそのような立法例もあると聞く。このような抜本的な解決をした方が、手作りの鍵付きケースに旅券を入れて本人が持ち歩くよりも、よほど実効的に逃亡を防止できるはずである。そして何よりも、住居も身柄引受人もいて本来保釈が認められるべき外国人が、旅券の扱いをめぐって保釈を否定されるような事態を避けられるはずである。


最後に


現在開催されている法制審議会の刑事法(逃亡防止関係)部会では、入管行政と刑事訴訟の関係の調整を検討すべきという意見も出ている(注2)。前述の旅券の扱いについても、本人に持たせないような仕組みを設けるべきではないかという提案もなされている(注3)。これを機に、刑事訴訟実務と入管行政実務の間で生じている矛盾を解消するような議論がなされることに期待している。



(注1)法務省は、ホームページにおいて、「『短期滞在』に係る在留期間の更新は、原則として、人道上の真にやむをえない事情又はこれに相当する特別な事情がある場合に認められるものであり、例えば、病気治療をする必要がある場合などがこれに当たります。」と説明している。
(注2)法制審議会・刑事法(逃亡防止関係)部会第2回議事録の小木曽綾委員の発言(21頁)。
(注3)同・高井康行委員の発言(4−5頁)。






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