2023年2月28日火曜日

刑事裁判の公開と、判決宣告のオンライン配信ー刑事手続のIT化について考える③

1 判決宣告のテレビ撮影と配信

先日、刑事裁判の審理のインターネット配信をテーマにブログ記事を書いた。

これとは異なり、判決宣告の場面に限ってテレビ撮影し、オンライン配信やテレビ放映する制度を設けて運用する法域が存在する。その背景には、オンラインによる審理の公開による問題(例えば技術やコスト)、弊害(注1)と、裁判の公開の要請への配慮があるのだろうと想像する。そして、後で見るように、判決宣告のみの撮影・配信であっても、重要な意義があるように思う。


2 諸外国の例


⑴ 韓国

報道によると、韓国の最高裁判所は、2017年8月1日に規則を改正し、本人の同意がある場合か、同意がない場合であっても裁判所が公共の利益にかなうと判断した場合に、第一審と第二審の判決言渡しのテレビ中継が認められるようになった。

韓国では、それまで、公判や弁論の開始以降は録音や中継が認められていなかったが、「裁判の審理と判決は公開する」と定める憲法109条に反するとの指摘が出ていたという(記事より)。
最高裁(大法院)が裁判官約2900人を対象に実施したアンケート調査によると、回答者1013人中67.8%にあたる687人が裁判長の許可がある場合は裁判の一部もしくは全てを中継することに賛成した。「中継制度の様相や結果などを見極め、中継を認める公判の範囲を広げる可能性もある」と報じられている。

その後、裁判所は、2017年8月下旬、元大統領への贈賄罪に問われた企業のトップに対する判決言渡しの中継を
認めない旨判断した一方、元大統領の判決については、2018年、裁判所が中継を許可し、初めて中継されることになった。


⑵ イギリス

イギリスは2020年規則制定により、裁判官が適切と判断する事件について、裁判官が公開の法廷で量刑を説明する場面のみ(つまり有罪と答弁し、あるいは有罪と認められている事件のみ)撮影し、公開することが認められるようになった。裁判官が事前に許可した場合に限り、かつ、裁判官の容姿のみ撮影が許され(被告人の容姿は撮影できない)、公開の方法などには一定の要件が定められている。


3 判決言渡しのインターネット配信の意義ーイギリスの例

イギリスの裁判所における量刑の説明の様子は、メディアの動画(Youtube)などで観ることができる。下記のリンクは、2022年7月に、最初にテレビ撮影された事件の様子である(冒頭で、暴力や性的虐待の描写が含まれるとの警告がありますので、ご留意ください。)。




当時23歳の青年が祖父を殺害した罪に問われている事件で、青年は有罪答弁をしていた。裁判官は20分近くかけて量刑の理由を、被告人本人に語りかけるように説明している。内容は次のようなものだ。

青年は、極めて過酷な環境で、虐待を受けながら育ったー知的障害のある母親の交際相手から、幼い頃から激しい暴行や性的虐待を受け、隣人からも性的暴行を受け、さらに、先天的難聴のために学校でもいじめられたー。幼い時に自閉症スペクトラムと診断され、特別学級に編入するが、そこでもうまくいかなかった。そのような中、実の祖父母とは深い愛情で結ばれていた。

裁判官は、青年が、少年時代に非行(性的暴行を含む)を繰り返したことにも言及する。同時に、裁判官は、精神科医の意見などをも踏まえ、こうした非行行為は、自身の被害経験と自閉症スペクトラムの影響によるものだったという自分の評価を説明する。

青年は、事件の数ヶ月前、祖父が児童虐待に関与していたことを知り、祖父に対する嫌悪を露わにするようになった。他方、祖母との関係は変わらず続いた。しかし、Covid-19のために祖母と会えず、孤独感を募らせ、次第に強い自殺願望を訴え、実際に行動に出るようになる。そうした中、ある日、ナイフを手に取り、祖父を切りつけ、失血死で死なせてしまう。

裁判官は、こうした事件に至る経緯について詳細に述べた上、精神科医による診断を踏まえて、犯行が自閉症スペクトラムの影響を受けたものであったことを詳細に説明する。
その上で、裁判官は、量刑の判断過程として、生育歴や、病気に対処するために専門家の助力を求めてきたこと、反省の様子なども考慮しつつ、同時に、本人の犯罪傾向や行為の危険性などをも考慮したことを被告人本人に説明する。


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裁判官が、力強くゆっくりと話す様子を見ると、裁判官が、言葉を選び抜いて判決を書いたことが分かる。この青年には、事件の後も変わらずお互いを思い合っている「おばあちゃん」(nan)という存在がいることも分かる。そして、語られる内容から、裁判官が、さまざまな証拠を丁寧に検討して事実を認定し、評価し、量刑を判断したことを理解できる。20代の青年が高齢者をナイフで切りつけて失血死で死なせたという残虐な事件で、なぜ無期懲役刑ではなく、10年近くの刑が適当だと判断したのか。これが、新聞記事やニュースで、結果と簡単な理由のみを知るのでは全く異なるだろう。同時に、裁判官の言動を目にして、また証拠に触れながら詳細な判断理由を説明するのを耳にして、公正な裁判が行われたと感じる人もいるだろう。

これは、一つの例でしかない。しかし、その社会で生活する市民が、判決(量刑)理由について、アナウンサーの言葉や新聞を介してではなく、裁判官自身の言葉を直接見聞きすることには、特に判断過程が複雑な事件においては、とても大きな意味があると思う。





(注1)例えば、証人の安全保護のために証人の特定事項を秘匿することとされていたのに、過失などなんらかの理由で明らかになった場合が考えられる。国際刑事裁判所は、そのような事態に備えセキュリティ上の理由から、30分遅れて放送する運用をとっている。

(注2)本文で挙げた法域以外に、オーストラリアの各州でも、刑事事件について、判決言渡しと量刑の説明の場面について撮影が許可され、裁判所のウェブサイトなどで公開されている(ヴィクトリア州の例、ニューサウスウェールズ州の例)。
また、フランスも2022年に規則を改正し、一定の要件下で、手続の全部について撮影が認められることとなった。具体的には、マスメディアが、公共の利益や、教育、文化や科学等の性質上必要であるという理由を付して司法大臣に申請し(2条)、申請を受けた大臣が独立の機関に付託し(3条)、同機関は検察官の意見を聞いた上で判断するという(4条)。

2022年7月13日水曜日

前科の公開と、やり直す機会ー "Clean Slate"

前科は「プライバシー」?


日本では、前科は「プライバシー」とされてきた。

先日(2022年6月24日)も、最高裁は、逮捕や罰金刑に関する事実をプライバシーとする判断を示した。今から約8年前に旅館の風呂場の女性用脱衣所を覗き見したとして建造物侵入罪で逮捕され、罰金刑を受けたという事実の報道記事を転載したツイートの削除を本人が求めたという事案で、最高裁は、このような逮捕・罰金刑に関する事実が「他人にみだりに知られたくない…プライバシーに関する事実」であるとした上で、そのような事実を公表されない法的利益と「ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情」とを比較衡量した上で、前者が後者を上回る場合には、ツイートの削除を求めることができると判断した。

しかし、犯罪が起きたとされ、公権力が個人を逮捕・起訴し、有罪判決を下すことは、公の事実そのものである(注1)。それが時間の経過とともに過去のことになると、前科事実は公表されない利益があるという(最三決平成6年2月8日(民集48-2-149)参照))。こうした判断は、知る権利や報道の自由、裁判の公開といった原則とも矛盾する。

また、現実的にも、前科はその人の属性を判断するための事実と考えられている。例えば、就職活動の際に雇用者が応募者に対して賞罰の有無を問うことは禁じられていないし、虚偽を申告して就職し、それが重大な経歴詐称といえる場合には懲戒解雇事由になるとされている。仕事の内容(特に幼児や児童と接する仕事など)によっては、経営者や企業・機関が、雇用しようとする相手が危険な人物でないかを判断材料とするために前科の有無や内容を、本人の申告によらずにチェックすることが必要な場合もあるだろう。それにもかかわらず、万引きも、配偶者に対する暴力も性犯罪も、その類型や内容を問わず、全ての前科事実を「プライバシーに関する事実」とするのは現実にそぐわないのではないか。


法律の根拠なく保管される前科前歴情報


実際に、日本では、前科や前歴(注2)は公開されていない。
検察庁が前科前歴情報を独占し、このうち前科情報を地方自治体にのみ共有するとされている。地方自治体は独自に作成する「犯罪人名簿」に前科情報を記録し、戸籍と紐づける。

検察庁に保管される前科は、一定期間の経過に伴い刑の言い渡しが消滅(刑法34条の2)してもなお本人が死亡するまで残る。前科だけでなく、逮捕されたのみで起訴されなかった事件、あるいは逮捕さえされなかった事件も「前歴」として記録され続ける。

こうした運用には法律上の根拠がない。検察庁による情報管理は、その内部規程に基づくもので、犯罪人名簿は大正時代の訓令による(注3)。そのため、犯罪人名簿の運用は、自治体によってまちまちだ。運用規程を作成して公表している自治体もあれば、公表していない自治体、さらには職員向けの内部のマニュアルがあるのみで規程さえ設けていない自治体もある(注4)。過去には、同姓同名の取り違えや、送付漏れなどの不適切な管理も起きたという(注5)。こうした、危うくも思われる運用の結果、前科前歴事実が誤って記録されても、自ら情報を得ることはできないため、正確性を確認できない。


前科を「消す」-Clean Slate-


前科を「プライバシー」と位置づける日本とは対照的に、アメリカでは前科や逮捕の記録は公の情報(public information)とされている。雇用者や不動産物件の賃貸人は、労働者や賃借希望者が危険な人物でないか、そのバックグラウンドをチェックするために前科を調べることが広く行われているという(注6)。裁判所の管理するウェブサイトから対象者の名前を検索し、所定の費用を支払い、前科の有無や内容を調べることができる

しかし、前科が公開され、こうしたバックグラウンドチェックが可能であるがために、前科のある人は、前科のない人と比べて、就職や住居確保、教育などに大きな不利益が生じていることがデータとともに実証され(注7)、貧困にもつながっていることが明らかになっていった。

こうした事態は、2度目のチャンス(second chance)を認めるアメリカの理念に反するのではないかーそうした懸念が広く共有され、前科の公開を制限・削除するという議論が全国に広がり、実際の実務や制度に結びついた。一般に"Clean Slate" と呼ばれる制度である("Clean Slate"とは、過去の出来事を忘れてやり直す状態や過程を意味する)。その内容は州によって異なるが、一定の軽微の犯罪について、再犯することなく所定の期間が経過した場合に、前科や逮捕記録を封印し、あるいは削除するというものである。多くの州で、一定の要件の下で前科の削除(Expunge)を可能にする法律が制定された。しかし、それには裁判所での手続を要し、要件も限定的だった

私が2014-2015年にカリフォルニア州サンフランシスコに留学した際、ロースクールや刑事公設事務所で、学生たちがプロボノ活動としてClean Slate Programに熱心に取り組んでいたのを覚えている。カリフォルニア州では、その頃、前科のある人の社会復帰を可能にするための法律が、住民投票などによって次々に成立した。2016年には、有罪判決に至らなかった被疑事実による逮捕の記録を封印する(seal)という法律も制定された(カリフォルニア州刑法851.91.  2018年1月1日施行。ただし、対象事件は軽罪と一定の要件を満たした重罪のみで、本人の申請に基づき裁判所が判断する)。

2018年、ペンシルベニア州は、他の州に先駆けて、一定の期間の経過とともに自動的に前科を封印するClean Slate Actを制定した(2019年6月28日施行)。この法律は、要約すると、第2級以下の軽罪(misdemeanor、ただし、DVなど暴力犯罪、銃器を用いた犯罪を除く)で有罪判決を受けた人について、判決から再犯することなく10年以上が経過した場合に、前科記録を封印することなどを定める(注8)。

後続する州の立法では、対象犯罪を広げ、犯罪類型ごとに期間を短くするものもあるようだ。現時点(2022年7月15日)で、合計7州でClean Slate Act(逮捕記録も含む前科情報を、所定期間の経過とともに自動的に消す)が制定されている(注9)。その他の州や連邦でも法案が提出され、議論がなされているという。


オープンな議論を


前科のある人の数や割合も、社会的背景も大きく異なるアメリカの議論をそのまま真似すべきだ、というつもりはない。アメリカにおいて、前科によって生み出された貧困や人種差別は、私の理解を超えるほど深刻なものだろうと思う。また、インターネット上に情報が残っている場合には、結局雇用者等に情報を知られるので救済として不十分という意見もあるだろう。

しかし、前科を公の情報とすることによって伴う不利益をどうやって解消するのか、国民が広く議論し、その対象や要件なども含めてオープンな場で検討することは、一度過ちを犯した人を許し社会に受け入れること、さらには、前科に対する偏見の軽減につながるのではないか。就職や学業、住居確保、さらには社会生活全般に生じる不利益を多くの研究者が検証し、具体的に明らかにした上で、新たな運動や立法につなげるという取組みは学ぶべき点が多い。
前科を消すことによって生じたメリットやデメリットについても実証的な研究が続けられている。前科を消した人の再犯率は極めて低いという研究もある。

他方で、前科の公開によって侵害される不利益を「新しく形成している社会生活の平穏」なる抽象的なものにとどめ、法律上の根拠なしに検察庁や自治体が、誰にも知られない秘密としてひっそりと管理する。そうした運用こそ、永遠に消えない烙印を押して「前科者」として蔑み、社会復帰を困難にするのではないか。雇用の場で尋ねることの可否も含めて、前科の位置づけについて、市民がオープンに議論する必要があるように思う。



(注1)前科前歴事実が「公共財」としての公的記録(public record)であることについて、高野隆、逮捕歴・前科はプライヴァシーか?、2022年6月26日

(注2)前科及び前歴の法律上の定義はないが、前科は一般に裁判所の審理を受けて有罪判決を受けることをいい罰金刑も含まれるとされる。前歴は、捜査機関による捜査の対象になったものの起訴や有罪判決に至らない場合をいい、無罪判決を受けた場合もこれに含まれる

(注3)Coline P.A. Jones, Japan Times, Privacy or rehabilitation? How criminal records are treated in Japan, 25 Mar 2021.

(注4)平成28年第4回八女市定例市議会議事録(9月7日)(八女市ホームページより)

(注5)同上。八女市市民課長は、犯罪人名簿の作成管理は1名の職員が担当しており、その手順として、検察庁から送られてくる封書を開封し、文書回覧後システムに入力後、受け取った通知はすぐにシュレッダーにかけると説明している。

(注6)前科による差別の解消を目指して、前科について尋ねることを制限する立法もなされている。例えばニューヨーク州は2015年、求職の初期段階(労働条件を提示する前の段階)で前科を尋ねることを禁じる法律"Fair Chance Act"を成立させた。その目的は、前科のある応募者を入口から排除するのではなく(Ban the Boxと呼ばれる運動)、その前科の内容が仕事に関連するか等個別に評価することを求める点にある。NYC, NYC Commision on Human Rights Legal Enforcement Guidance on the Fair Chance Act and Employment Discrimicnation on the Basis of Criminal History

(注7)Amanda Agan and Sonja Starr, The Effect of Criminal Records on Access to Employment, Am. Econ. Rev.: Papers & Proc. 107, no.5 (2017): 560-64.  

(注8)Kimberly E. Capudar, Can a Person's "Slate" Ever Really Be "Cleaned"? The Modern-Day Implications of Pennsylvania's Clean Slate Act, St.John's Law Review, Vol.94, No.2 (2021) を参照した。

(注9)Clean Slate InitiativeのHPより。














2022年7月7日木曜日

裁判の公開と、審理のインターネット配信

Depp v. Heard


俳優のジョニー・デップが元妻を訴えた名誉毀損の訴訟の様子が連日インターネットで中継され、当事者や証人、さらには代理人弁護士の一挙手一投足まで注目を集めた。

私も、原告代理人弁護士のCamille Vasquezさんの被告に対する反対尋問を見て以来彼女のファンになり、Youtubeで審理を視聴した。尋問の構成や質問の順番、陪審員に分かりやすい言葉選びや証拠の示し方、証拠法の深い知識に基づく異議などとても勉強になった。何より、証拠を読み込んで丹念に準備して裁判に臨んでいることが尋問の一場面を見ただけでも伝わり、その仕事ぶりに尊敬と憧憬の念を持った。キューバとコロンビア出身の両親を持つVasquezさんは、今やラティーノの女の子たちにとってロールモデルであり、多くの女性たちのインスピレーションになっているという(注1)。

裁判のネット中継には功罪がある。被告のAmber Heardは、法廷での表情や振る舞い、服装などが面白おかしく描かれ、貶められた。そして、私が知っている(と思っている)裁判は、あくまで一部を見たものに過ぎない。

しかし、それでも審理のネット公開には意味があると思う。有名俳優という公人の名誉毀損に対する巨額の賠償責任について、表現の自由に対する懸念を指摘する声もあるが、審理を見れば必ずしもそうではなく、証拠調べの結果、被告が嘘だと知りながら嘘をついたと証明されたに過ぎないことが分かるだろう(注2)。パートナーによる暴力の被害者が告発をためらう必要は全くないということもまた理解されるのではないか。これが、一部の報道を通して知るだけだったら、全く違う印象になっただろうと思う。


アメリカにおける審理の撮影と放映


アメリカは、裁判審理のネット中継を全面的に実施しているわけではない。むしろ、私の理解する限り慎重な態度をとっているように思われる。

連邦レベルでは、まず民事事件については、試験的運用とその検証が積み重ねられた結果、一部の裁判所(連邦地裁/高裁)で審理の放送が認められるに至った。他方、刑事事件では、法廷における審理の進行中の写真撮影や放送を許可してはならない(但し規則などで定められている場合を除く)旨が刑事訴訟規則で定められている(53条)。Covid-19の感染防止策として裁判傍聴が制限されるような場合は別として(注3)、刑事裁判の審理の放映は原則禁じられている。その理由として、証人や陪審員に不当な影響を与える可能性などが挙げられている(注4)。

社会を形作る重要なルールを示す連邦最高裁の審理は、特にネット公開を望む声が強い。過去に法案が提出された(注5)が、現在まで実現に至っていない。口頭弁論は、音声のみ録音され、インターネット上で聞くことができる。Covid-19により傍聴が制限されたのに伴い、音声の同時配信も始まった。映像を見ることができなくても、当事者がどのような主張をしたのか、裁判官がどのような質問をしたのか、口頭弁論の内容を音声や活字で知ることができる意味は大きい。

州レベルでの運用状況は様々である。民事事件についてはほぼ全ての審理を主宰する裁判官の許可のみで足りるとする州(カリフォルニア、テネシー、フロリダ、ジョージアなど多数)、当事者の同意を要件とする州(ミネソタやペンシルベニアなど)、州最高裁の許可を必要とする州(アラバマ、イリノイ)、全面的に禁止する州(ニューヨーク)に分かれる。撮影が許可される場合であっても、陪審員の選任手続などは除かれる例が多く、性犯罪については被害者の同意を要件とする例などもある(注6)。

刑事裁判のテレビ放映は、被告人の公正な裁判を受ける権利との関係で議論されてきた。1965年、ある詐欺事件の公判前手続中、テレビ・ラジオ放映のために法廷に配置された機材や記者の存在が手続を著しく妨げ、被告人の公正な裁判を受ける権利が侵害されたと連邦最高裁が判断し(Estes v. Texas, 381 U.S. 532 (1965))、以来、刑事裁判はテレビ撮影されなくなった。その後撮影技術の進歩に伴い、いくつかの州がテレビ撮影を再開。1981年、強盗事件の公判審理中に、テレビカメラの存在によって陪審員が萎縮したことによって公正な裁判を受ける権利が侵害されたか争われた裁判で、連邦最高裁が消極と判断した(Chandler v. Florida, 449 U.S. 560 (1981))のを受けて、各州でテレビ撮影・中継がされるようになった。

総じてみると、アメリカにおいては、審理の撮影・放送の得失について活発に議論し、試行錯誤しながら実施しているといえる。


裁判の審理を撮影・放映する意義


日本では、一部の最高裁判事から、最高裁の審理の動画配信に対する肯定的な意見が聞かれるようになったものの、実現の兆しはない。議論も活発化しない。それで良いのだろうか。

私たちには、報道を通じてのみならず、裁判を直接見聞きする権利がある。戦後、極東国際軍事裁判(東京裁判)の証人尋問の実況中継を通じて、当時の人たちは日本軍が戦地で何を行った/行わなかったのか初めて知ったとも聞く(注7)。裁判のネット中継は、そうした権利の保障に資する。

また、審理の過程がよく分からないために、裁判所の判断に対する信頼が損なわれているのではないかと思うことがある。最近でも、最高裁の判断が報道のみによって把握され、不正確な情報に基づいて批判される例を目にした。誤った情報に基づく議論は建設的ではないし、司法制度に対する不信を招くだけではないだろうか。刑事事件では、無罪が言い渡され、あるいは「寛大な」量刑の判断がなされると、判断した裁判官がしばしば批判される。しかし、その事件に関心を持った人が、インターネットを通じて審理の内容を知れば考えが変わるだろうし、そもそも証拠に基づく事実認定という裁判の成り立ちが理解されるだろう。ネット中継によるプライバシー侵害を懸念する声もあろうが、好奇に訴えるワイドショーで面白おかしく、時に脚色を交えて取り上げられるよりよほど健全と思う。

審理の中継、動画配信は、司法制度に対する信頼を高めるという意義がある。司法の示す判断がどのような事実のもとで作られているのか、私たちは報道を通してのみならず時に直接知る必要がある。裁判所が自らの信頼を高めるためにも、録画や中継によるメリット・デメリットを議論しながら、試験的な運用も含めて審理の中継を検討すべきだ。





(注3)第9巡回区連邦高裁は、Covid-19の影響により刑事公判の傍聴を制限する代わりの措置として、動画配信を求める被告人の申請を却下し、音声のみ配信する方法を採用した原判決の判断が、公開の裁判を受ける権利を侵害すると判断した(U.S. v. Allen, No.21-10060 (9th Cir., 2022) )。その理由として、音声の配信のみでは、証人の証言態度や展示される証拠を傍聴人が見ることができないと指摘している(p. 11)。

(注4)Congressional Research Service, Video Broadcasting from the Federal Courts: Issues for Congress, Updated on 28 October 2019, pp.20-22.

(注5)Congressional Research Service, Video Broadcasting from the Federal Courts: Issues for Congress, Updated on 28 October 2019,  p.1, pp. 12-13

(注6)RTDNA, Cameras in the Courts, State by State Guide, revised in 2015を参照した。

(注7)小林正樹監督『東京裁判』(1983年)

2021年8月1日日曜日

外国にいる証人のビデオ尋問ー刑事手続のIT化について考える②

『裁判員時代の刑事証拠法』


後藤昭先生の古希のお祝いが込められた論文集『裁判員時代の刑事証拠法』(日本評論社、2021年)が刊行された。後藤先生は大学のゼミの指導担当で、将来の進路を考える上でも大きな影響を受けた。卒業した後も折に触れて相談に乗ってくださる、まさに恩師である。学部時代の一教え子に論文を寄稿する機会をくださったことに、後藤先生や共同編集の先生方に感謝申し上げたい。

論文では、証人審問権の保障と、外国にいる証人の尋問のあり方を検討した。その中で、司法共助による嘱託などにより在外証人のビデオライブ尋問を行う可能性について、アメリカの実務運用を検討しながら論じた。

このブログでは、外国にいる証人の尋問のあり方をテーマに選んだきっかけや理由とともに、タイトルにある、ビデオ証人尋問の可能性について書くこととしたい。

反対尋問の機会がないまま有罪を認定される現在の実務


現在の実務では、証人が国外にいる場合、捜査官が作った供述調書が伝聞例外の規定により証拠とされる。反対尋問の機会のないまま第三者の供述に基づいて有罪が認定され、刑を言い渡される実務がまかり通っている。例えば、4名に対する強盗殺人等の罪を問われた男性は、中国で行われた取調べで捜査共助により作成された共犯者の供述調書によって重要な量刑事実が認定され、死刑判決を言い渡された。2019年暮れに、ひっそりと死刑が執行された。

無罪を示す証人に対する尋問もできない?


私自身も、証人が外国にいるため尋問が行えないという状況に直面した。もっともそれは、無罪の可能性を示す弁護人側の証人だった。

ある薬物輸入事件で、私たち弁護人は、無罪を示す重要な証人として、依頼人の母親の尋問を請求した。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックで国境が封鎖されたために、当時カナダに住んでいたその人は来日がかなわなくなった。弁護団は、裁判所に対し、zoomなどのビデオ通信を利用して、カナダにいる証人と中継して証人尋問を行うことを提案した。しかし、裁判所に拒まれた。そこで、さらなる代替案として、期日外に、検察官と弁護人、通訳が同席した上で、ビデオ尋問を行い、その録画媒体を証拠請求することを提案した。ところが、検察官にも拒まれた。その理由は「法律の規定がない」というものだった。

その時点で身体拘束が1年以上に及び、来日して証人尋問を行うことができるのか、全く見通しが立たない状況の中で、証人尋問を諦めることも真剣に考えた。結局裁判は4ヶ月近く延期され、その間になんとか証人の来日が実現し、尋問が行われた。その後、裁判所が言い渡した無罪判決には、母親の証言も無罪の理由として挙げられていた。もし証人尋問を行うことができなかったら、結論は変わっていたはずである。

ある記者会見ー国外で起きた事件にアメリカはどう対応しているのか


「法律の規定がない」という理由で、国外証人のビデオ尋問を拒む裁判所や検察官の頑なな態度は、被告人にとってだけでなく、一般市民や社会全体にも不利益をもたらすのではないかと思う出来事があった。それは、2020年10月にインターネットニュースで見た、アメリカ連邦司法省の検察官たちによる記者会見だった。

会見は、4名のアメリカ人ジャーナリストを殺害した2名のテロリストを起訴したと公表するものだった。検察官たちは、殺害された被害者たちが記者としていかに素晴らしい活動をしてきたかを紹介し、遺族への深い哀悼を表し、事件について今後の手続などを説明した。そして、今後もしアメリカ市民にこのような残虐行為を行ったら、アメリカの正義のもとに訴追し、処罰するという強い意思を表明した。

報道によれば、起訴された被告人たちは、2015年に日本人ジャーナリストを殺害したのと同じ人物とのことだった。会見を見ながら、私は、「蛮勇」や「自己責任」という言葉であふれた日本での当時の報道を思い出さずにいられなかった。同時に、証人審問権を極めて厳格に保障するアメリカにおいて、どのようにして外国で起きた事件(証人の多くが外国が国外にいることが予想される事件)を訴追し、公判を追行するのか関心を持った。

重要証人が国外にいるという理由のみで訴追を諦めるのでは、私たち市民の命や安全、財産は守られないのではないか。そういう疑問も同時に持った。こうした問題意識から書いたのが、上述の論文である。その中で、アメリカ(連邦)の法制度についても紹介したので、関心がある方はぜひお読みいただきたい。

ビデオを利用した証人尋問の可能性


もちろん、ビデオ通信を利用した証人尋問にも大きな問題がある。被告人には、法廷で直接証人と対面する権利がある。どれだけ技術が進歩しても、画面上の場合と直接対面する場合では意味合いが異なる(この問題については別の機会に書くこととしたい)。しかし、それでも、全く反対尋問の機会がないまま有罪の根拠とされるよりは、よほどましである。

刑事手続における情報技術の活用に関する検討会(法務省)では、証人尋問も検討項目の一つに挙げられ、現行法が定める以外の場合にも「ビデオリンク方式」による証人尋問を行うことができるかが検討されている。一巡目の議論では、実務家委員から、外国にいる証人がコロナ禍のために来日できない場合(佐久間委員)、海外におり召喚できない場合(河津委員)などが必要性の例として指摘されている。今後の議論にも注目したい。



2021年5月4日火曜日

家族との電話・ビデオ面会ー刑事手続のIT化について考える

刑事手続のIT化検討会

2021年3月、法務省が、刑事手続における情報通信技術の活用について検討を始めた。論点項目には、書類のデータ化(例えば令状請求のオンライン化)や、捜査・公判における非対面化(証人尋問や公判への出頭のオンライン化など)が挙げられている。検討会を構成する刑事法研究者や実務家の委員たちが、刑事手続のIT化に向けて積極的に議論していると聞く。

刑事手続のIT化は、弁護人の弁護を受ける権利や公正な裁判を受ける権利をはじめとする被疑者・被告人の権利の保障に資する可能性を秘めている(注1)。遠方の警察署に行く代わりに弁護人が被疑者とビデオ通話で接見して法的助言をする、膨大な費用と時間を要する紙媒体ではなく電子データによって証拠開示するというのが分かりやすい例だろう。


見落とされている論点

もっとも、挙げられている論点項目には重要な論点が抜けている。拘置所等に収容された被疑者・被告人と、家族や友人との電話・ビデオ面会である。勾留されている被告人が、家族や友人・恋人の顔を見て、声を聞いて交流することの意味は計り知れない。家族をはじめ大事な人と繋がり続けることは、収容されている人にとって拠り所、いわば生命線とさえも言える。

家族面会は、これまで刑事手続における問題としてほとんど論じられてこなかった。裁判所・裁判官による接見等禁止のあり方が問われることはあっても、そのような制約がない場合の問題について議論されることはあまりない。家族面会の意味について、私たち法律家もこれまで十分に検討してこなかったのではないか。


拘置所における面会の現状

施設に赴くしか面会できないことによる弊害は非常に大きい。東京拘置所など都市部にある刑事施設であっても、住んでいる場所によっては移動に相当の時間を要する。面会受付時間は、平日の午前8時から午後4時まで(東京拘置所の場合)で、休日や夜間は面会できない。面会するために、多くの社会人や学生は学校や仕事を休まなければならない。そのために面会を諦める人もいる。給料を失う人もいる。こうして苦労して出向いても、面会時間はわずか15-20分に限られている。

勾留されている親と面会する子どもにとっての負担も別に考える必要がある。距離や時間による制約のために大人が面会を諦めるということは、その大人に連れて行ってもらう他ない子どもも面会できないことを意味する。面会できるとしても、「刑事被告人を収容する」ものものしい雰囲気を持つ拘置所で、アクリル板越しに親と会うことが、子どもにどのような心理的負担を与えるのか想像されるべきだろう。

勾留されている被告人が外国人で、その家族や友人が国外にいる場合には、面会はさらに困難である(コロナ禍で入国が制限されている場合にはなおさらである)。その場合、弁護人を通じて、あるいは時間を要する手紙で用件を足すしかない。大事な人の身を案じ、面会するためにはるばる来日する人もいる。しかし、来日のために子どもを残して家を空け、あるいは仕事を長期間休まなければならないなど、物理的にも経済的にも大きな負担を強いられる。


電話やビデオ通話による面会の実現可能性

電話やビデオ通話を実現するためには、設備を整える必要がある。しかし、電話面会に限っていえば、必ずしも高度・複雑な技術を要するわけではないし、現行の制度でも一部認められている。

刑事施設処遇法は、受刑者の電話による面会について定め(146条)、一定の要件を満たす場合に電話面会が行われている。一部の拘置所では、被告人と弁護人とのビデオ面会を認める運用もある(注2)。また、法務省の管轄で多数人を収容する施設であるという点で共通する出入国在留管理庁の収容施設では、収容されている人が外部に電話をかけることができる。

諸外国に目を向けると、調べた限りでは、アメリカの多くの州やイギリス、カナダをはじめ、多くの国・地域で、未決拘禁者との電話やビデオ面会が行われている(ただし、コストの負担や録音の証拠利用など、別の問題も生じている)。アメリカの刑事施設では、外部者との会話の中で用いられる言葉をAIが感知して第三者への危害を防止する(注3)などの取り組みがなされているという。

電話やビデオ通話による面会のメリット

面会の機会を確保して家族との絆を維持することは、被告人の問題にとどまらない。

刑事施設に収容された被告人との面会交流の機会を確保することは、その子どもの権利でもある。親との交流は子の健全な成長に資するはずである。

また、面会を通じて家族との絆を維持することは、刑事政策上も有意義であるという調査結果がある。アメリカの関係機関が受刑者を対象にして行ったいくつもの調査が、家族と定期的に面会していた者のほうが釈放後の生活が安定し、再犯率が低いと結論づけているという(注4)。公判前勾留と刑罰はもちろん目的が異なるものの、このことは長期化する公判前勾留にも当てはまるように思う。

その他にも、電話やビデオ面会による面会には、様々なメリットがある。新型コロナウイルス感染の収束の兆しが見えない現在、リモート型の面会を認めることは、被収容者のみならず、施設の職員やその家族の感染防止につながる。さらに、電話等面会への立会いの方法次第では、施設職員の負担軽減にも資するのではないか。


まとめ

家族面会の現状は、収容されている被告人のみならず、家族や友人をはじめ面会する者にも多くの負担を強いている。親との結びつきを必要とする子どもの成長にも悪影響を及ぼす。他方、少なくとも電話面会については高度な技術が求められるものでもない。設備を整えることによって導入可能であるように思われる。

刑事手続のIT化が進められるのを機に、諸外国の例も参考にしながら、手続や法廷の外にある、家族面会という問題にも目を向けて議論がなされるべきだ。



(注1)新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2020年7月に国連人権理事会が採択した「裁判官、陪審員及び判断者の独立と公平さ、及び法律家の独立性」は、締約国に対し、司法機関が情報通信技術を利用できるようにすることで、Covid-19の感染拡大をはじめとする危機的状況への対処を含め、司法へのアクセスと公正な裁判を受ける権利その他の手続的権利の尊重を確保し、このような目的のために司法機関が必要な手続枠組みを発展させることを奨励する。Resolution adopted by the Human Rights Council on 16 July 2020, Independence and impartiality of the judiciary, jurors and assessors, and the independence of lawyers, https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G20/189/45/PDF/G2018945.pdf?OpenElement

(注2)弁護人は事前に予約し、検察庁など指定の場所に出向き、30分に限り被告人と面会することができる。ただし、面会の秘密性は担保されていない。

(注3)2019年10月25日のABCニュース(アメリカ)の報道
https://abcnews.go.com/Technology/us-prisons-jails-ai-mass-monitor-millions-inmate/story?id=66370244

(注4)研究結果を簡潔にまとめたものとして、
https://www.prisonlegalnews.org/news/2014/apr/15/lowering-recidivism-through-family-communication/。 
カリフォルニア州刑法は、受刑者の外部との面会が、刑務所の安全性を高め、家族やコミュニティとの有意義な関係を維持し、釈放後の社会復帰に役立つことを認める旨の規定を設けている。Cal.Penal Code §6400.




2020年11月29日日曜日

カルロス・ゴーン氏の事件に関する国連人権理事会作業部会による意見(試訳)

国連人権理事会作業部会は、カルロス・ゴーン氏に対する拘禁をめぐる申立てに対し、先日意見を公表した。ゴーン氏の逃亡をなんら正当化するものではないと断った上で、起訴前勾留、公判前勾留のあり方や、取調べにおける弁護人の不存在、勾留の基礎となる資料にアクセスできない問題、さらに刑事施設での処遇や手錠腰縄による無罪推定を受ける権利の侵害など、多岐にわたり問題を指摘し、厳しく批判している。

政府が述べるように、意見書は、勾留に対する司法審査(特に勾留質問)や勾留決定に対する不服申立て制度が看過されており、事実誤認があるようにも読める。しかし、その責任は、作業部会ではなく政府にあるようにも思われる。作業部会が指摘するように(パラ53)、公判前であることを理由に政府が実質的な内容を伴った反論をせずに、条文の説明に終始した。司法審査が実質的に機能していることをきちんと説明して理解を得ようとしなかったからこそ、このような認定になったのではないか(なお、意見書は、勾留に対する司法審査があまりに形式的なもので、形骸化していることを捉えて述べているようにも思われ、単なる誤りとも思われない。この点については別に論じることとしたい)。

日本の報道を見ると、「政府が異議を申し立てた」という点ばかりが取り上げられている。しかし。意見書の内容を真摯に受け止め、よく検討し、日本の刑事司法制度のあり方について考える機会にすべきだ。
意見書の和訳はあまり目にしないため、議論の材料とするため、一部(パラグラフ50以下)を試訳した。誤りがあればぜひご指摘いただきたい。また、その都度修正することをご容赦いただきたい。

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以下訳

検討

50 作業部会は、資料を提出した情報源及び日本政府に感謝の意を表する。 

51 提出された主張を検討する前に、作業部会は、いくつかの前段階の論点について言及したい。第一に、作業部会は、最初の通信が通常の手続の下でなされて以来、ゴーン氏が2019年12月に逃亡したため日本にいないことに留意する。このことは、作業部会が意見を採用する妨げとならない。なぜなら、このような状況における事件の検討を禁止する規定が作業方式の項目に存在しないからである。実際に、作業部会は、日本におけるゴーン氏の自由の剥奪に関する主張が重大であり、さらなる注意に値すること(注7)、また、この事件が日本の刑事司法の重要な側面に関係することを考慮すると、意見を出すことが必要であると考える。さらに、作業部会は、政府の多大なる関与にもかかわらず、いまだに日本への訪問に招聘されていないことを考慮すると、これまでに分析する機会がなかった事件の要素について判断したいと考える。

52 第二に、作業部会は、この意見を提出するにあたり、ゴーン氏が日本当局の管轄から逃亡した状況について、何らの意見を表明しないことを強調する。作業部会が、このような逃亡を容赦し、あるいは正当化するものだと受け取られるべきではない。作業部会は、ごく最近、2019年9月の42/22決議によって3年間期間が延長された決議1991/42において人権理事会が規定している通り、恣意的拘禁または関連する国際基準に反する拘禁の事件を調査するという付託を実行することとする。作業部会は、全ての加盟国が、経済犯罪に関する深刻な犯罪事実を含め、罪を犯した責任に問われる者を捜査し、訴追し、処罰する義務を負っていると認識する。しかし、本件では、作業部会の意見は、ゴーン氏に対する手続の対象となる訴追事実に関するものではなく、これらの手続が実行された条件に関するものであり(注8)、これは付託と完全に合致する。

53 第三に、作業部会は、申立てに対する当初の回答に言及され、その後の回答において説明されている、日本政府の立場に留意する。すなわち、日本政府は、手続が始まる前に裁判に関する情報を公表することを日本法は許容していないとして、ゴーン氏に関する情報は提供できないというのである。しかし、作業部会が過去に、日本の法制度に関する意見の中で述べた通り、政府が国内法によって国家当局の行動に関する詳細な説明を提供できないと主張するのでは不十分である(注9)。作業部会はさらに、その意見の中で、世界中の恣意的逮捕及び勾留の被害者のニーズに応えるために、そして加盟国がお互いに説明責任を果たすために作業部会が創設されたこと、したがって加盟国は、被害者によって提起された紛争を解決するメカニズムを提供するよう意図しなければならないことを説明した。このことは、国家が作業部会に十分に協力することを決議33/30において明らかにした通り、人権理事会の意図するところでもある。したがって、作業部会は、政府ができる限り十分な情報を部会に提供した上で、政府からの回答を得ることを通常予定していた。国内法により詳細な情報を提供することができないという日本政府の主張は、こうした要求に適合しない(注10) 。 

54 第四に、ゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかどうか判断するにあたり、作業部会は、証拠に関する論点について法的に確立された原則に留意する。もし情報源が、恣意的拘禁を構成する国際法違反について一定程度の証拠を提出した場合には、その主張を否定するためには政府が証明責任を負う。手続が合法的に行われたとだけ政府が主張するのでは足りない(注11)。本件では、日本政府は、情報源の多くの主張に対して実質的な回答をせず、適正手続の保障を含む立法の引用に終始した(注12)。とはいえ、拘禁が国内法に則って実行されたという場合であっても、作業部会は、拘禁が、国際人権法と一致しているかどうかを評価しなければならない(注13)

55 最後に、ゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかどうかを判断する以前に、ゴーン氏が実際に自由を奪われた期間に関する、前段階の問題がある。情報源によれば、ゴーン氏は、2018年11月19日の最初の逮捕以降、2019年3月5日に初めて保釈により釈放されるまでの間警察拘禁及び公判前勾留されていた。そして、2019年4月4日から、2回目の保釈により釈放される同月25日までの間警察拘禁されていた。合わせると、これらの2つの期間は128日に及ぶ(注14)。 

56 これに対し、情報源は、2018年11月19日の逮捕以降、保釈により釈放された2019年3月5日から4月4日までの期間、そして、2019年4月25日以降の期間も含めて、ゴーン氏の自由が制限されていたとさらに主張する。情報源によれば、行動と意思疎通の自由に課されていた制限の厳しさを考えると、ゴーン氏は、特に2019年4月25日以降、自宅軟禁されていたという。日本政府はこの点について言及しなかった。 

57 ゴーン氏に課された保釈条件には、巨額の保釈保証金の納付、パスポートの提出、日本からの出国禁止、日本国内の場合は裁判所の事前許可なき3日以上の旅行禁止、裁判所に承認された住所での居住義務、配偶者との直接の接触禁止、弁護士に提供された携帯電話とパソコン以外の使用禁止、使用できる場合であっても監督下に置かれること、通話記録、インターネットの検索記録及び弁護士以外の者との面会記録を毎月裁判所に提出する義務が含まれていたという主張について、日本政府は争わなかったものと作業部会は認識している。

58 本件では、ゴーン氏に科された保釈条件は非常に厳しかった。特に、弁護士を介する以外には、裁判所の許可なく直接配偶者とコンタクトを取ることを無期限に禁止されていたという、2回目の保釈期間中に科されていた条件は異常に厳しいものだった(注15)。しかし、作業部会は、こうした状況が自宅軟禁に相当するという情報源の主張には賛同しない。それは、むしろ警察及び司法によるコントロールだった。

59 作業部会は、2018年11月 19日から2019年3月5日までの間、及び4月4日から同月25日までの間、警察拘禁及び公判前勾留におけるゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかを判断する。

 i. カテゴリーI

60  情報源は、ゴーン氏に対する4回にわたる拘禁が、刑事上の罪に問われて逮捕または勾留された者は裁判官の面前に速やかに連れて行かれなければならないと定める自由権規約9条3項に違反すると主張する。情報源によれば、ゴーン氏は、2018年11月19日に最初に拘束されてから23日後(注16)である2018年12月10日までの間裁判官のもとに連れて行かれなかったという。2018年12月10日に、裁判所の面前に連れて行かれることのないまま2度目の勾留がなされ、さらに3回目として2018年12月21日から2019年1月11日までの間勾留され、この日に裁判所の面前に連れて行かれて起訴された(注17)
最後に、2019年4月4日、ゴーン氏に対する4回目の逮捕が行われた。ゴーン氏は裁判官の面前に連れて行かれ、21日後の4月25日に起訴された。日本政府は、これらの主張に対して、日本の刑事訴訟法の下で確立された手続に一致しないと述べる以外には言及しなかった。 

61 自由権規約委員会が述べてきたとおり、48時間は、逮捕後拘禁された者を裁判官の面前に「速やかに」連れて行くことを求める自由権規約の要請を満たすのに通常十分であるとされる。それ以上に長い遅滞は、絶対的な例外でなければならず、特定の状況において正当化されるにすぎない(注18)。こうした要請の目的は、司法当局が勾留の法的根拠を検討し、もしそのような法的根拠が存在しない場合には、個人を釈放するよう命じることを可能にするという点にある(注19)

62 作業部会は、裁判官の面前への速やかな引致を定める9条3項における要請は、ゴーン氏に対する4回にわたる逮捕それぞれに妥当すると判断する。最初の逮捕は、ゴーン氏に対する最初の拘禁であり、速やかに裁判所の面前に連れて行かれなければならなかった。2回目及び3回目の逮捕は、警察拘禁の期間の最後になされた。情報源によれば、いずれの逮捕も、23日という警察拘禁の期間制限を迂回し、当局がゴーン氏を勾留し続けることを意図してなされたという。3回目の逮捕は、前日にゴーン氏を釈放する命令が出たにもかかわらず実行された。この点において、ゴーン氏の2回目及び3回目の逮捕に続く警察拘禁の合法性には、重大な疑問が生じるのであり、拘禁の司法審査を受けるためにゴーン氏は速やかに裁判所の面前に連れて行かれなければならなかった(注20)。さらに、ゴーン氏の4回目の逮捕は保釈による釈放の後になされたものであり、自由権規約9条3項の要請が適用される。 

63 したがって、作業部会は、逮捕に後行した22日、10日、19日、21日に及ぶ各拘禁は、裁判官の面前に連れて行かれずになされたものであり、自由権規約9条3項に違反すると判断する。 

64 同様に、情報源によれば、そして日本政府は争っていない点であるが、ゴーン氏は、これらの4つの拘禁期間中、裁判所の面前で勾留を争うことができなかった。情報源によれば、日本法の下では、個人は起訴されなくても最大23日間勾留され、起訴されるまでの間釈放を求めることができないという。その結果、ゴーン氏は、起訴されるまで裁判所に釈放を求めることが許されていない。彼は、2019年1月11日及び同月18日に釈放を請求した。既に述べたとおり、拘禁の合法性を争うために裁判所に手続を求める権利は、最初の段階から拘禁の法的根拠に対する司法審査を確保する基本的な保障として、逮捕の最初の瞬間から適用される(注21)。ゴーン氏に対するこの権利の保障が遅れたのは、自由権規約9条4項違反を構成する。

65 さらに情報源は、ゴーン氏の事件が裁判所に提起されたとき、裁判所は、勾留に対して実際の審査を行使しなかったと主張する。情報源によれば、検察官の勾留請求を日常的に認容する刑事司法制度の一部として、裁判所は、徹底的な審査を経ることなくゴーン氏の拘禁を追認した。ゴーン氏の拘禁に対する審査として、裁判所は、ゴーン氏が最初に保釈により釈放された2019年3月5日より前の公判前勾留について、代替的な手段を検討するべきであった。

66 作業部会は、公判前勾留は原則ではなく例外でなければならず、出来る限り短期間でなければならないという、国際法の確立された基準を想起する(注22)。自由権規約9条3項は、「裁判を待つ者を抑留することが原則であってはならないが、釈放にあたっては、裁判その他の司法上の手続の全ての段階における出頭が保障されることを条件とすることができる」と定める。これは、自由が原則であると認められ、勾留が例外であることが正義にかなっているという考えに基づく(注23)。 

67 この原則を実行するためには、公判前勾留は、個別的な判断に基づくものでなければならず、逃亡、証拠の工作または再犯の防止という目的に照らして合理性及び必要性がなければならない(注24)。裁判所は、保釈のような拘禁の代替手段によって身体拘束が不必要となるかどうかを判断しなければならない(注25)。情報源によれば、ゴーン氏の保釈請求は、2019年1月15日及び同月22日に却下され、2019年2月28日になされた3回目の保釈請求によって、2019年3月5日に釈放されることとなった。日本政府は、それぞれの場面における保釈の反対について理由を説明していない。説明がないために、作業部会は、ゴーン氏の公判前勾留が自由権規約9条3項に則って適切になされたという議論を受け入れることができない。さらに、拘禁されている者は、起訴前勾留に対して保釈を請求することが許されていないために、裁判所が、ゴーン氏に対する起訴がなされる前の勾留について代替手段を検討することにより9条3項を遵守することは不可能である。作業部会は、代用監獄を廃止し、あるいは勾留に対する代替手段が起訴前勾留の期間中に十分に検討されるべきという動きに賛同する(注26)。 

68 最後に、作業部会は、ゴーン氏が、2018年11月18日から2019年4月まで続く逮捕において、当局のもとに置かれていたという事実に留意する。繰り返された逮捕の必要性に関する日本政府からの説明がないため、作業部会は、この勾留の展開パターンは、国際法上の法律上の根拠のない、手続の裁判外の濫用(an extrajudicial abuse of process)であったと判断する(この点については、カテゴリーIIIでさらに検討する)(注27)。 

69 以上の理由から、作業部会は、当局は、ゴーン氏の拘禁に対する法律上の根拠を立証しなかったと判断した。自由の剥奪は、カテゴリー1において恣意的であった。

 ii. カテゴリーIII 

70 情報源は、ゴーン氏の勾留は、結果的に、23日の警察拘禁の期間制限を迂回する不公正な方法として用いられたと主張する。情報源によれば、検察官は、2つの期間(2010年から2014年、及び2015年から2017年)の収入減少の公訴事実に人為的に分けた上で、1回目及び2回目の逮捕を行い、それぞれ23日間の勾留を可能にした。さらに、当局は、拘禁した件について手続を進めることなく、既に把握していた10年前に遡る事実を理由に、2018年12月21日にゴーン氏を3回目の逮捕をした。最後に、ゴーン氏は、検察官がずっと前から把握していた事実によって、2019年4月4日、4回目の逮捕をされた。

71 これに対する回答として、日本政府は、刑事訴訟法60条及び208条により、被疑者勾留は、厳格な司法審査を経て、刑事訴訟法に規定されている期間に限り許されていると主張する。同様に、日本政府は、被疑事実の告知や、勾留理由開示請求権、及び勾留取消請求権をはじめとする刑事訴訟法上のその他の保障についても主張する。これらの保障は重要であるものの、日本政府は、情報源の主張に対して直接反論しなかった。

72 政府からの他の説明がない以上、ゴーン氏に対して繰り返された逮捕は、彼を確実に拘束することを意図した手続の濫用のように思われる。情報源によれば、司法当局は、2018年12月20日同様の結論に達し、ゴーン氏をさらに10日勾留すべきという請求を却下した。そのような判断にもかかわらず、ゴーン氏は翌日3回目逮捕された。作業部会は、ゴーン氏を4回にわたり逮捕勾留する手続が、根本的に不公正であり、自由を回復することを妨げ、後述する通り弁護人と自由に意思疎通する権利を含む公正な裁判を受ける権利を侵害されたと結論する。こうした不公正な手続上の措置を考慮すると、作業部会は、本件を裁判官及び弁護士の独立性に関する特別報告者に付託することとする。

73 さらに、情報源は、ゴーン氏が、「人質司法」と呼ばれる、勾留の制度的パターンのもとで勾留されていた、このような制度の下では、被疑者が過酷な条件下で長期間勾留され、その結果心理的に圧迫されて自白することになると主張する。情報源によれば、ゴーン氏が勾留されていた環境、具体的には独房で、運動を阻害され、常に照明がつけられ、暖房がなく、家族や弁護士との意思疎通が制限されている(注28)という環境が自由権規約10条1項に違反しており、自分で効果的に弁護する能力が損なわれていたという。その結果、ゴーン氏は、自分に対する被疑事実に関する事実が列挙された日本語の文書に署名した。情報源によれば、ゴーン氏は、文書について口頭による同時通訳が提供されただけで、署名したとき弁護人は立ち会っていなかったという。 

74 これに対する答弁として、日本政府は、任意にされなかった自白の証拠としての使用禁止及び自白だけを根拠とする有罪認定の禁止を定める日本国憲法38条及び刑事訴訟法319条に言及する。日本政府によれば、検察官が自白のみに依拠することは決してなく、正当な証拠に基づいて有罪の高度の蓋然性があると判断する場合にのみ刑事訴追するという。また、日本政府は、刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律における、未決拘禁者の処遇、運動、拘束具及び面会に関する数多くの規定を引用する。 

75 作業部会は、ゴーン氏が自分に対する訴追事実に関して供述するよう効果的に強制するような状況で勾留されていたこと、したがって、自由権規約14条2項の保障する無罪推定を受ける権利、そして同14条3項の保障する自己に不利益な供述または有罪の自白を強要されない権利が侵害されたことを、情報源が一定程度立証したと判断する。被告人による供述が、直接間接を問わず、捜査当局による身体的または不当な心理的圧力によってなされたのではなく、自分の意思によってなされたものであること(注29)を証明する責任は、日本政府が負う。しかし、日本政府はそうしなかった。 

76 この結論に至るにあたり、作業部会は、その他の人権機関が、自白に過度に依拠する代用監獄における取調べと勾留の運用実務が、公正な裁判を受ける権利を重度に侵害し、被拘禁者を拷問、虐待及び強要にさらしていると認定していると理解している(注30)。実際に、作業部会は過去に、同様の懸念を表明し、不十分な司法審査の下での過度に広範な検察官の裁量によって、差別的な法律の適用につながる環境をもたらしていると注記した(注31)。作業部会は、本件を、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約の特別報告者に付託することとする。 

77 情報源はさらに、ゴーン氏が検察官による取調べを連日受け、時には1日に複数回、平均5時間続き、弁護人が立ち会っていなかったと主張する。検察官は、弁護人が拘置所を尋ねることができない時間帯を含め、いつでもゴーン氏を取り調べることができた。ゴーン氏は、30分を超えて日本国外の弁護士と話すことができず、やりとりをメモする職員が立ち会っていたために、意思疎通も秘匿されなかった。ゴーン氏は、主張に対するアクセスも否定され、取調べ中に尋ねられた質問を根拠に検査官の捜査を再構成しなければならなかった。この主張に対する回答として、日本政府は、刑事訴訟法39条1項について言及する。この規定は、被疑者が逮捕後速やかに弁護人を選任し、第三者の立会なく面会する権利を規定する(注32)。日本政府は、この規定が本件にどのように適用されるかに関しては何もコメントしなかった。

78 自由を奪われた者は誰でも、逮捕直後を含め、拘禁中いかなる時においても、自分の選んだ弁護士による法的援助を受ける権利を有し、弁護人に対するアクセスは遅滞なく行われなければならない(注33)。作業部会は、ゴーン氏に対して初めから弁護人にアクセスする機会を提供せず、その後日本国内及び国外の弁護士との面談を制限したことは、自由権規約14条3項(b)の規定する防御の準備のために十分な時間と便益を与えられた上自分の選任した弁護人と連絡する権利を侵害したと判断する。弁護士との面会が、見えることは許されても当局に聞かれることが許されてはならない。弁護士とのすべての意思疎通は秘匿されなければならない(注34)。主張に対する平等なアクセスが与えられなかったことも、武器対等の原則を侵害する(注35)。作業部会は、日本政府に対し、刑事被告人が拘禁の初めから、そして取調べの間に弁護人にアクセスできるようにすることを強く求める。

79 最後に、情報源は、ゴーン氏が2018年11月19日に逮捕された際、報道記者たちが事前に逮捕について知らされていたために、有罪であるように伝えられたと主張する。情報源によれば、ゴーン氏が2019年4月4日に4度目の逮捕をされた際、検察官が報道記者やカメラマンたちを伴ってやってきて、彼らが逮捕の場面を写真に記録して、広くばらまいたという。これらの要素は、社会がゴーン氏に対して否定的なイメージを持つことにつながった。さらに、2019年1月8日に東京地方裁判所に出頭した際、手錠され、腰紐でつながれていたという。

80 これに対し、日本政府は、事件に関する情報が報道機関に意図的にリークされたという主張には何ら根拠がないと主張する。日本政府は、刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律78条に言及し、施設職員が被拘禁者に付き添う際又は被拘禁者に逃亡や自傷、第三者に対する加害又は器物損害の危険がある場合には、拘束具を使用することが許されるという。 

81 作業部会は、裁判の結果について先入観を持たせることを控えるのが当局の義務であるということ、そして報道機関は、無罪推定を損なうような報道を回避すべきであることを想起する(注36)。ゴーン氏の逮捕の場面の画像が広く流布されたことを考慮すると、報道機関は事前に知らされていた可能性がある。作業部会は、こうした画像が、このような著名事件において、ゴーン氏に対して社会が否定的なイメージを持つ一因となり、自由権規約14条2項の保障する無罪推定を受ける権利を侵害したという可能性を排除できない。さらに、ゴーン氏が裁判所に出頭する際に拘束具が必要だった理由を日本政府が説明しないために、作業部会は、手錠と腰縄の使用が、無罪推定を受ける権利をさらに侵害したと認定する。刑事被告人は、無罪推定が損なわれることから、危険な犯罪者であるかのように示唆する方法で裁判所に出頭させられるべきではない(注37)

 82 作業部会は、ゴーン氏の拘禁がカテゴリーIIIの言う恣意的な性格であったといえる程度に、これらの公正な裁判を受ける権利の侵害が深刻なものであったと結論づける。

 83 作業部会は、日本政府と前向きに力を合わせ、恣意的な自由の剥奪に関する重大な懸念に取り組む機会を歓迎する。2016年11月30日、作業部会は、日本を訪問する機会を求め、ジュネーブにある国際連合日本代表本部との会合の間に、こうした訪問の可能性について検討するよう誓約したことを歓迎する。2018年2月2日、作業部会は、訪問についてさらに求めた。人権理事会の特別手続への協力を強化すると言う意図の表れとして、日本政府からの積極的な回答に期待する。

 処分

84 上述の観点から、作業部会は次の意見を提出する。  

2018年11月19日から2019年3月5日まで、及び2019年4月4日から同月25日までの間のカルロス・ゴーン氏の自由の剥奪は、世界人権宣言9条、10条、11条1項、自由権規約9条、10条1項及び14条に違反し、恣意的であり、カテゴリーI及びIIIに妥当する。
 
85 作業部会は、日本政府に対し、カルロス・ゴーン氏の状況を改善し、世界人権宣言及び自由権規約をはじめとする、関連する国際基準に適合させるために必要な措置を遅滞なく講じるよう求める。

 86 作業部会は、本件のすべての状況を考慮すると、適切な回復措置として、国際法に従い、補償及びその他賠償を求める強制執行が可能な権利をゴーン氏に与えるべきであると判断する。

 87 作業部会は、日本政府に対し、ゴーン氏の恣意的拘禁に関する状況について完全かつ独立した調査を確実に行い、彼の権利を侵害した責任にある者に対して適切な措置を講じるよう強く要請する。

 88 作業の方式に関する規定33(a)に基づき、作業部会は、適切な措置のために、裁判官及び弁護士の独立に関する特別報告者、及び拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する特別報告者に、本件を付託する。
 
89 作業部会は、日本政府に対し、利用できるあらゆる手段を持って、出来る限り広く本意見を広めるよう求める(注38)。 

フォローアップ手続 

90 作業方式パラ20に基づき、作業部会は、情報源及び日本政府に対し、本意見の中でなされた勧告のためのフォローアップのために行われる措置に関する情報を提供するよう求める。
 (a) ゴーン氏に対し、補償又はその他の賠償がなされたかどうか
 (b) ゴーン氏の権利侵害に関して調査が行われたかどうか、行われた場合にはその結果。
 (c) 日本法及び実務について、本意見が示した国際的義務に調和させるために法改正又は実務の変更が行われたかどうか。
 (d) 本意見を実行するためにその他の方策が講じられたかどうか

 91 日本政府は、本意見で示された勧告を実行する際に直面した問題点や、作業部会による訪問など、さらに技術的な援助が必要かどうかを作業部会に知らせることを奨励される。

 92 作業部会は、情報源及び政府に対し、本意見が送達されてから6ヶ月以内に、上記の情報を提供するよう求める。しかし、作業部会は、本件に関する新たな懸念に気づいた場合に、本意見のフォローアップにおける措置を独自に講じる権利を留保する。このような措置によって、作業部会は、勧告を実現するためになされた進展や措置が取られなかったことについて、人権理事会に対して知らせることが可能となる。 

93 作業部会は、人権理事会が、すべての加盟国に対し、作業部会に協力するよう促し、その意見を考慮し、必要な場合には恣意的に自由を侵害された者の状況を改善するために適切な措置を講じるよう求め、講じた手段について作業部会に知らせるよう求めたことを想起する(注38)。 (2020年8月28日採択)

(注7)意見Nos.55/2018パラ59及び50/2017パラ53(c)参照
(注8)意見No.1/2020パラ74
(注9)意見No.70/2018パラ32
(注10)同上。パラ32-33。人権理事会決議42/22パラ7及び9、並びにA/HRC/36/38パラ15も参照。
(注11)A/HRC/19/57パラ68
(注12)意見No.9/2009パラ22-24参照(その中で、作業部会はこのようなアプローチが情報元の主張に対する反論とならないと判断した)。
(注13)意見Nos. 46/2019, パラ504/2019, パラ46及び10/2018、パラ39
(注14)情報源は拘禁期間を129日と主張するが、最初に逮捕された20181119日から201935日までの間は107日であり、情報元の計算による108日ではない。情報源によれば、ゴーン氏は201944日から25日までの21日間拘禁されていたので、合計すると警察勾留及び公判前勾留は128日となる。
(注15)作業部会は、No.55/2018の中で、同様の配偶者との接触禁止について検討し、異常であると注記した。
(注16)20181119日から20181210日までの期間は22日である。
(注17)ゴーン氏は、201918日、ごく短時間裁判所に出頭し、勾留の理由を説明された。3回目の逮捕に続いてゴーン氏の勾留が検討された最初の機会は、111日ではなくこの時であったように思われる。したがって、司法審査のない期間は19日間となる。
(注18)自由権規約委員会一般的意見No.35, パラ33
(注19)意見Nos. 15/2020パラ56及び70/2019パラ62。自由を剥奪されたすべての人が法廷に救済とその手続を求める際の基本的原則とガイドライン(A/HRC/30/37)パラ3参照。
(注20)自由権規約委員会一般的意見No. 35パラグラフ32。ゴーン氏の状況は、Everton Morrison v. Jamaicaで自由権規約委員会が言及した事件と対照的であるかもしれない。この事件(通報No.635/1995)では、被告人は、最初の起訴において合法的に勾留されたが、2回目の起訴の際には釈放される権利がなかった。
(注21)A/HRC/30/37 原則8及びガイドライン7
(注22)意見8/2020パラ541/2020パラ5357/2014パラ2649/2014パラ23, 及び28/2014パラ43参照。また、自由権規約委員会一般的意見No.35パラ38及びA/HRC/19/57パラ48-58参照。
(注23)A/HRC/19/57パラ54
(注24)自由権規約委員会一般的意見35パラ38
(注25)同上。さらに、意見No.83/2019パラ68及びA/HRC/30/37、ガイドライン15参照。
(注26)国連人権理事会UPR3回審査パラ161、勧告135-137、自由権規約委員会の日本の第6回定期報告に関する総括所見パラ18、拷問等禁止委員会の日本の第2回定期報告に関する総括所見パラ10 及び作業部会意見No.55/2018パラ78参照。
(注27)意見No.37/2018パラ32も参照。
(注28)被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソンマンデラルール)基準13,23,43-45,58及び61、及びあらゆる形態の抑留または拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則、原則15及び17-19参照。
(注29)自由権規約委員会、裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利に関する一般的意見No.32(2007)パラ41。また、意見Nos.15/2020パラ76及び5/2020パラ83も参照。
(注30)自由権規約委員会の日本の第6回定期報告に関する総括所見パラ18 、及び拷問等禁止委員会の日本の第2回定期報告に関する総括所見パラ10-11参照。
(注31)作業部会が、意見No.42/2006パラ13-16を引用した意見No.55/2018パラ78参照。
(注32)日本政府は刑事訴訟法1981項を引用するが、この規定は、取調べにおける被疑者の弁護人の立会いについて特に規定していない。
注33)A/HRC/30/37、原則9及びガイドライン8、自由権規約委員会一般的意見N0.35パラ35
(注34)マンデラルール基準61(1)、あらゆる形態の抑留または拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則の原則18, A/HRC/30/37 ガイドライン8
(注35)意見No.70/2019パラ79、自由権規約委員会一般的意見No.32パラ33
(注36)自由権規約委員会一般的意見No.32パラ30
(注37)同上。意見Nos. 83/2019パラ7336/2018パラ5579/2-17パラ6240/2016パラ41及び5/2010パラ30も参照。
(注38)人権理事会決議42/22パラ3及び7。

2020年10月10日土曜日

勾留延長ー原則と例外の逆転

大麻所持事件の捜査の現状ー「原則」20日の身体拘束


有名俳優が大麻所持で逮捕されるというニュースが大きく報じられたのを機に、大麻規制のあり方についてこれまで以上に活発に議論がされるようになった。
大麻の規制のあり方とともに見直されなければならないと私が考えるのは、捜査のあり方、特に勾留の問題である。報道によれば、この俳優は、逮捕後勾留され、さらに勾留期間が10日近く延長された後に起訴された(後に保釈)。おそらく捜査機関は、逮捕する前から捜査を進めていたと推測されるが、それでもなお、この男性を20日近くもの間拘束した。

刑事訴訟法は、勾留期間を原則10日と定め、その期間内に起訴しない場合には釈放しなければならないと定める(208条1項)。そして、「やむを得ない事由がある」と裁判所が認める場合に、例外として最大10日、勾留期間を延長することができる。

しかし、大麻所持の事案で、勾留期間が延長され20日近く(逮捕から数えると23日間)勾留される例は決して珍しくない。私が実際に弁護を経験した事例では、繁華街を歩いている際に大麻を所持していたのが警察官の職務質問を機に発覚し、逮捕され、所持について何の争いもないというごく単純な事件で、勾留期間が10日延長され、逮捕から数えて23日勾留された例がいくつもある。

統計にも現れている。2019年検察統計の表42によると、大麻取締法違反で検挙され、勾留された者の総数が3740件、このうち20日以内勾留された者(16日以上20日以内)が2,444名(65.34%)だった。

勾留総数5日以内10日以内15日以内20日以内
3,740151,0871032,444

大麻取締法違反には、所持のみならず、輸入や栽培の罪なども含まれる。そのため、この数字は単純所持に限られない。しかし、それでも65%近くの場合に、本来例外とされている勾留期間の延長が認められているのである(なお、事件全体の16-20日の勾留延長の割合は、59.09%である(注1)。

どのような理由で勾留期間の延長が正当化されているのか。私が弁護した事件を見ると、①鑑定未了、②取調べ未了(あるいは供述の裏付け捜査を経てさらに取り調べる必要性があるなど)という例が圧倒的に多い。科学捜査研究所(科捜研。警視庁や都道府県警本部に設置される機関)が、10日以内に鑑定を終わらせられなかったことの問題は何ら問われていない。「取調べ未了」と言いつつ、検察官が一度しか取調べを行わず、中には一度も取調べを行わなかった例もある。捜査機関の能力不足や怠慢のつけを払わされているのは、警察官や検察官ではなく、劣悪な環境で自由を奪われる私たち市民である。

被疑者勾留の本来のあるべき姿ー原則は10日間


先に書いたとおり、刑事訴訟法は、10日間の勾留を原則とし、勾留期間の延長をあくまでも例外として位置付けている(注2)。戦後、現行刑事訴訟法が成立した当初は、実際に概ねそのように運用されていた。
昭和25年4月、勾留期間の延長が参議院法務委員会で問題にされた。以下は、議事録(第7回国会参議院法務委員会会議録第26号)の引用である。

深川タマエ参議院議員:
法務総裁に対しまして検察の運営に関する2つのご質問を申し上げます。そのまず第一番は、勾留の濫用による人権蹂躙についてでございます。刑事訴訟法第208条1項によりますと、「勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない」と規定しております。而してその第2項には止むを得ない事由がある場合に限りまして、更に10日以内の延長が認められております。即ち検察官の勾留期間は原則として10日以内に決め、真に止むを得ない場合に限って更に10日以内の延長を認めておるのでございます。然るに、最近における検察官による勾留の実情は、この第2項を乱用しまして、どんな事件でも1度勾留すれば20日間は当然交流する権利があるごとく、取扱われておるようでございます。(中略)。かくては、第1項の「検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない」という人権擁護の重大なる規定はあってなきがごとくであり、かくては人権上由々しき問題であると考えます。止むを得ない事由がないにも拘わらず、勾留期間を更に10日間平気で延長するがごときは、法律を無視するばかりでなく、これこそ勾留の濫用による人権蹂躙であると断ざるを得ないのでございます。

このように述べた上で、深川議員は、ある事件の詳細を紹介して、勾留の運用について質問した。

これに対し、殖田俊吉国務大臣は、「逮捕とか勾留とかいうようなことは、人身に対しまする最も大きな制限でありまするから、これはその運用につきまして最も慎重に取り扱わなければならない」と述べ、これを引き継いだ高橋一郎・政府委員は次のように回答した。

高橋一郎政府委員:
只今お尋ねの刑事訴訟法第208条の第2項によりまして、10日間の勾留期間を更に10日まで延ばすことができるわけではありますが、その点がどのように実際上運用されておりますかを見ますると、(中略)昨年の7月の末に検察官の手許に未済として勾留されておった被疑者の数が、全国で7031名でございまして、その中で10日以内のものが6,335名、10日以上20日内というものが696名あったのであります。大体9割は10日以内、20日以内10日になりましたのは1割程度でございます。その後も大体こういった運用状況になっておると考えますので、第2項はそれ程一般的に申しますると、濫用されているというふうにはいえないのではないかというふうに考えておるのであります。

その約70年後。この間科学技術がめざましく発展し、捜査機関は様々な捜査手法を得て犯罪捜査に対応できるようになった。しかし、それでもなお検察官は、「取調べ未了」「鑑定未了」を理由に、ごく当たり前のように勾留期間を延長しようとする。果たして、当時の議員たちが今の運用を見たとき、どう思うだろうか。

ちょうど今日、アメリカ・バーモント州においても大麻合法化の法案が可決されたとの報道を目にした。大麻の規制については様々な意見があるし、あって然るべきだと思う。しかし、合法化も進む大麻所持という事案において「鑑定未了」や「取調べ未了」を理由に、20日もの間勾留を続けるのが果たして許されるのか。釈放して捜査を続けることがなぜだめなのか。捜査実務の実態もまた、議論の対象にされるべきではないかと思う。




(注1)2019年検察統計別表42「既済となった事件の被疑者の勾留後の措置、勾留期間別及び勾留期間延長の許可、却下別人員ー自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除くー」によると、勾留総数は90,377件でうち16日以上20日以内の間勾留された例が53,402件であった。

(注2)原則10日というのも十分に長いと思うが、それはまた別の機会に論じることとしたい。


刑事裁判の公開と、判決宣告のオンライン配信ー刑事手続のIT化について考える③

1 判決宣告のテレビ撮影と配信 先日、刑事裁判の審理のインターネット配信をテーマに ブログ記事 を書いた。 これとは異なり、判決宣告の場面に限ってテレビ撮影し、オンライン配信やテレビ放映する制度を設けて運用する法域が存在する 。その背景には、オンラインによる審理の公開による問題(...