2021年8月1日日曜日

外国にいる証人のビデオ尋問ー刑事手続のIT化について考える②

『裁判員時代の刑事証拠法』


後藤昭先生の古希のお祝いが込められた論文集『裁判員時代の刑事証拠法』(日本評論社、2021年)が刊行された。後藤先生は大学のゼミの指導担当で、将来の進路を考える上でも大きな影響を受けた。卒業した後も折に触れて相談に乗ってくださる、まさに恩師である。学部時代の一教え子に論文を寄稿する機会をくださったことに、後藤先生や共同編集の先生方に感謝申し上げたい。

論文では、証人審問権の保障と、外国にいる証人の尋問のあり方を検討した。その中で、司法共助による嘱託などにより在外証人のビデオライブ尋問を行う可能性について、アメリカの実務運用を検討しながら論じた。

このブログでは、外国にいる証人の尋問のあり方をテーマに選んだきっかけや理由とともに、タイトルにある、ビデオ証人尋問の可能性について書くこととしたい。

反対尋問の機会がないまま有罪を認定される現在の実務


現在の実務では、証人が国外にいる場合、捜査官が作った供述調書が伝聞例外の規定により証拠とされる。反対尋問の機会のないまま第三者の供述に基づいて有罪が認定され、刑を言い渡される実務がまかり通っている。例えば、4名に対する強盗殺人等の罪を問われた男性は、中国で行われた取調べで捜査共助により作成された共犯者の供述調書によって重要な量刑事実が認定され、死刑判決を言い渡された。2019年暮れに、ひっそりと死刑が執行された。

無罪を示す証人に対する尋問もできない?


私自身も、証人が外国にいるため尋問が行えないという状況に直面した。もっともそれは、無罪の可能性を示す弁護人側の証人だった。

ある薬物輸入事件で、私たち弁護人は、無罪を示す重要な証人として、依頼人の母親の尋問を請求した。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックで国境が封鎖されたために、当時カナダに住んでいたその人は来日がかなわなくなった。弁護団は、裁判所に対し、zoomなどのビデオ通信を利用して、カナダにいる証人と中継して証人尋問を行うことを提案した。しかし、裁判所に拒まれた。そこで、さらなる代替案として、期日外に、検察官と弁護人、通訳が同席した上で、ビデオ尋問を行い、その録画媒体を証拠請求することを提案した。ところが、検察官にも拒まれた。その理由は「法律の規定がない」というものだった。

その時点で身体拘束が1年以上に及び、来日して証人尋問を行うことができるのか、全く見通しが立たない状況の中で、証人尋問を諦めることも真剣に考えた。結局裁判は4ヶ月近く延期され、その間になんとか証人の来日が実現し、尋問が行われた。その後、裁判所が言い渡した無罪判決には、母親の証言も無罪の理由として挙げられていた。もし証人尋問を行うことができなかったら、結論は変わっていたはずである。

ある記者会見ー国外で起きた事件にアメリカはどう対応しているのか


「法律の規定がない」という理由で、国外証人のビデオ尋問を拒む裁判所や検察官の頑なな態度は、被告人にとってだけでなく、一般市民や社会全体にも不利益をもたらすのではないかと思う出来事があった。それは、2020年10月にインターネットニュースで見た、アメリカ連邦司法省の検察官たちによる記者会見だった。

会見は、4名のアメリカ人ジャーナリストを殺害した2名のテロリストを起訴したと公表するものだった。検察官たちは、殺害された被害者たちが記者としていかに素晴らしい活動をしてきたかを紹介し、遺族への深い哀悼を表し、事件について今後の手続などを説明した。そして、今後もしアメリカ市民にこのような残虐行為を行ったら、アメリカの正義のもとに訴追し、処罰するという強い意思を表明した。

報道によれば、起訴された被告人たちは、2015年に日本人ジャーナリストを殺害したのと同じ人物とのことだった。会見を見ながら、私は、「蛮勇」や「自己責任」という言葉であふれた日本での当時の報道を思い出さずにいられなかった。同時に、証人審問権を極めて厳格に保障するアメリカにおいて、どのようにして外国で起きた事件(証人の多くが外国が国外にいることが予想される事件)を訴追し、公判を追行するのか関心を持った。

重要証人が国外にいるという理由のみで訴追を諦めるのでは、私たち市民の命や安全、財産は守られないのではないか。そういう疑問も同時に持った。こうした問題意識から書いたのが、上述の論文である。その中で、アメリカ(連邦)の法制度についても紹介したので、関心がある方はぜひお読みいただきたい。

ビデオを利用した証人尋問の可能性


もちろん、ビデオ通信を利用した証人尋問にも大きな問題がある。被告人には、法廷で直接証人と対面する権利がある。どれだけ技術が進歩しても、画面上の場合と直接対面する場合では意味合いが異なる(この問題については別の機会に書くこととしたい)。しかし、それでも、全く反対尋問の機会がないまま有罪の根拠とされるよりは、よほどましである。

刑事手続における情報技術の活用に関する検討会(法務省)では、証人尋問も検討項目の一つに挙げられ、現行法が定める以外の場合にも「ビデオリンク方式」による証人尋問を行うことができるかが検討されている。一巡目の議論では、実務家委員から、外国にいる証人がコロナ禍のために来日できない場合(佐久間委員)、海外におり召喚できない場合(河津委員)などが必要性の例として指摘されている。今後の議論にも注目したい。



2021年5月4日火曜日

家族との電話・ビデオ面会ー刑事手続のIT化について考える

刑事手続のIT化検討会

2021年3月、法務省が、刑事手続における情報通信技術の活用について検討を始めた。論点項目には、書類のデータ化(例えば令状請求のオンライン化)や、捜査・公判における非対面化(証人尋問や公判への出頭のオンライン化など)が挙げられている。検討会を構成する刑事法研究者や実務家の委員たちが、刑事手続のIT化に向けて積極的に議論していると聞く。

刑事手続のIT化は、弁護人の弁護を受ける権利や公正な裁判を受ける権利をはじめとする被疑者・被告人の権利の保障に資する可能性を秘めている(注1)。遠方の警察署に行く代わりに弁護人が被疑者とビデオ通話で接見して法的助言をする、膨大な費用と時間を要する紙媒体ではなく電子データによって証拠開示するというのが分かりやすい例だろう。


見落とされている論点

もっとも、挙げられている論点項目には重要な論点が抜けている。拘置所等に収容された被疑者・被告人と、家族や友人との電話・ビデオ面会である。勾留されている被告人が、家族や友人・恋人の顔を見て、声を聞いて交流することの意味は計り知れない。家族をはじめ大事な人と繋がり続けることは、収容されている人にとって拠り所、いわば生命線とさえも言える。

家族面会は、これまで刑事手続における問題としてほとんど論じられてこなかった。裁判所・裁判官による接見等禁止のあり方が問われることはあっても、そのような制約がない場合の問題について議論されることはあまりない。家族面会の意味について、私たち法律家もこれまで十分に検討してこなかったのではないか。


拘置所における面会の現状

施設に赴くしか面会できないことによる弊害は非常に大きい。東京拘置所など都市部にある刑事施設であっても、住んでいる場所によっては移動に相当の時間を要する。面会受付時間は、平日の午前8時から午後4時まで(東京拘置所の場合)で、休日や夜間は面会できない。面会するために、多くの社会人や学生は学校や仕事を休まなければならない。そのために面会を諦める人もいる。給料を失う人もいる。こうして苦労して出向いても、面会時間はわずか15-20分に限られている。

勾留されている親と面会する子どもにとっての負担も別に考える必要がある。距離や時間による制約のために大人が面会を諦めるということは、その大人に連れて行ってもらう他ない子どもも面会できないことを意味する。面会できるとしても、「刑事被告人を収容する」ものものしい雰囲気を持つ拘置所で、アクリル板越しに親と会うことが、子どもにどのような心理的負担を与えるのか想像されるべきだろう。

勾留されている被告人が外国人で、その家族や友人が国外にいる場合には、面会はさらに困難である(コロナ禍で入国が制限されている場合にはなおさらである)。その場合、弁護人を通じて、あるいは時間を要する手紙で用件を足すしかない。大事な人の身を案じ、面会するためにはるばる来日する人もいる。しかし、来日のために子どもを残して家を空け、あるいは仕事を長期間休まなければならないなど、物理的にも経済的にも大きな負担を強いられる。


電話やビデオ通話による面会の実現可能性

電話やビデオ通話を実現するためには、設備を整える必要がある。しかし、電話面会に限っていえば、必ずしも高度・複雑な技術を要するわけではないし、現行の制度でも一部認められている。

刑事施設処遇法は、受刑者の電話による面会について定め(146条)、一定の要件を満たす場合に電話面会が行われている。一部の拘置所では、被告人と弁護人とのビデオ面会を認める運用もある(注2)。また、法務省の管轄で多数人を収容する施設であるという点で共通する出入国在留管理庁の収容施設では、収容されている人が外部に電話をかけることができる。

諸外国に目を向けると、調べた限りでは、アメリカの多くの州やイギリス、カナダをはじめ、多くの国・地域で、未決拘禁者との電話やビデオ面会が行われている(ただし、コストの負担や録音の証拠利用など、別の問題も生じている)。アメリカの刑事施設では、外部者との会話の中で用いられる言葉をAIが感知して第三者への危害を防止する(注3)などの取り組みがなされているという。

電話やビデオ通話による面会のメリット

面会の機会を確保して家族との絆を維持することは、被告人の問題にとどまらない。

刑事施設に収容された被告人との面会交流の機会を確保することは、その子どもの権利でもある。親との交流は子の健全な成長に資するはずである。

また、面会を通じて家族との絆を維持することは、刑事政策上も有意義であるという調査結果がある。アメリカの関係機関が受刑者を対象にして行ったいくつもの調査が、家族と定期的に面会していた者のほうが釈放後の生活が安定し、再犯率が低いと結論づけているという(注4)。公判前勾留と刑罰はもちろん目的が異なるものの、このことは長期化する公判前勾留にも当てはまるように思う。

その他にも、電話やビデオ面会による面会には、様々なメリットがある。新型コロナウイルス感染の収束の兆しが見えない現在、リモート型の面会を認めることは、被収容者のみならず、施設の職員やその家族の感染防止につながる。さらに、電話等面会への立会いの方法次第では、施設職員の負担軽減にも資するのではないか。


まとめ

家族面会の現状は、収容されている被告人のみならず、家族や友人をはじめ面会する者にも多くの負担を強いている。親との結びつきを必要とする子どもの成長にも悪影響を及ぼす。他方、少なくとも電話面会については高度な技術が求められるものでもない。設備を整えることによって導入可能であるように思われる。

刑事手続のIT化が進められるのを機に、諸外国の例も参考にしながら、手続や法廷の外にある、家族面会という問題にも目を向けて議論がなされるべきだ。



(注1)新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2020年7月に国連人権理事会が採択した「裁判官、陪審員及び判断者の独立と公平さ、及び法律家の独立性」は、締約国に対し、司法機関が情報通信技術を利用できるようにすることで、Covid-19の感染拡大をはじめとする危機的状況への対処を含め、司法へのアクセスと公正な裁判を受ける権利その他の手続的権利の尊重を確保し、このような目的のために司法機関が必要な手続枠組みを発展させることを奨励する。Resolution adopted by the Human Rights Council on 16 July 2020, Independence and impartiality of the judiciary, jurors and assessors, and the independence of lawyers, https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G20/189/45/PDF/G2018945.pdf?OpenElement

(注2)弁護人は事前に予約し、検察庁など指定の場所に出向き、30分に限り被告人と面会することができる。ただし、面会の秘密性は担保されていない。

(注3)2019年10月25日のABCニュース(アメリカ)の報道
https://abcnews.go.com/Technology/us-prisons-jails-ai-mass-monitor-millions-inmate/story?id=66370244

(注4)研究結果を簡潔にまとめたものとして、
https://www.prisonlegalnews.org/news/2014/apr/15/lowering-recidivism-through-family-communication/。 
カリフォルニア州刑法は、受刑者の外部との面会が、刑務所の安全性を高め、家族やコミュニティとの有意義な関係を維持し、釈放後の社会復帰に役立つことを認める旨の規定を設けている。Cal.Penal Code §6400.




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