2023年2月28日火曜日

刑事裁判の公開と、判決宣告のオンライン配信ー刑事手続のIT化について考える③

1 判決宣告のテレビ撮影と配信

先日、刑事裁判の審理のインターネット配信をテーマにブログ記事を書いた。

これとは異なり、判決宣告の場面に限ってテレビ撮影し、オンライン配信やテレビ放映する制度を設けて運用する法域が存在する。その背景には、オンラインによる審理の公開による問題(例えば技術やコスト)、弊害(注1)と、裁判の公開の要請への配慮があるのだろうと想像する。そして、後で見るように、判決宣告のみの撮影・配信であっても、重要な意義があるように思う。


2 諸外国の例


⑴ 韓国

報道によると、韓国の最高裁判所は、2017年8月1日に規則を改正し、本人の同意がある場合か、同意がない場合であっても裁判所が公共の利益にかなうと判断した場合に、第一審と第二審の判決言渡しのテレビ中継が認められるようになった。

韓国では、それまで、公判や弁論の開始以降は録音や中継が認められていなかったが、「裁判の審理と判決は公開する」と定める憲法109条に反するとの指摘が出ていたという(記事より)。
最高裁(大法院)が裁判官約2900人を対象に実施したアンケート調査によると、回答者1013人中67.8%にあたる687人が裁判長の許可がある場合は裁判の一部もしくは全てを中継することに賛成した。「中継制度の様相や結果などを見極め、中継を認める公判の範囲を広げる可能性もある」と報じられている。

その後、裁判所は、2017年8月下旬、元大統領への贈賄罪に問われた企業のトップに対する判決言渡しの中継を
認めない旨判断した一方、元大統領の判決については、2018年、裁判所が中継を許可し、初めて中継されることになった。


⑵ イギリス

イギリスは2020年規則制定により、裁判官が適切と判断する事件について、裁判官が公開の法廷で量刑を説明する場面のみ(つまり有罪と答弁し、あるいは有罪と認められている事件のみ)撮影し、公開することが認められるようになった。裁判官が事前に許可した場合に限り、かつ、裁判官の容姿のみ撮影が許され(被告人の容姿は撮影できない)、公開の方法などには一定の要件が定められている。


3 判決言渡しのインターネット配信の意義ーイギリスの例

イギリスの裁判所における量刑の説明の様子は、メディアの動画(Youtube)などで観ることができる。下記のリンクは、2022年7月に、最初にテレビ撮影された事件の様子である(冒頭で、暴力や性的虐待の描写が含まれるとの警告がありますので、ご留意ください。)。




当時23歳の青年が祖父を殺害した罪に問われている事件で、青年は有罪答弁をしていた。裁判官は20分近くかけて量刑の理由を、被告人本人に語りかけるように説明している。内容は次のようなものだ。

青年は、極めて過酷な環境で、虐待を受けながら育ったー知的障害のある母親の交際相手から、幼い頃から激しい暴行や性的虐待を受け、隣人からも性的暴行を受け、さらに、先天的難聴のために学校でもいじめられたー。幼い時に自閉症スペクトラムと診断され、特別学級に編入するが、そこでもうまくいかなかった。そのような中、実の祖父母とは深い愛情で結ばれていた。

裁判官は、青年が、少年時代に非行(性的暴行を含む)を繰り返したことにも言及する。同時に、裁判官は、精神科医の意見などをも踏まえ、こうした非行行為は、自身の被害経験と自閉症スペクトラムの影響によるものだったという自分の評価を説明する。

青年は、事件の数ヶ月前、祖父が児童虐待に関与していたことを知り、祖父に対する嫌悪を露わにするようになった。他方、祖母との関係は変わらず続いた。しかし、Covid-19のために祖母と会えず、孤独感を募らせ、次第に強い自殺願望を訴え、実際に行動に出るようになる。そうした中、ある日、ナイフを手に取り、祖父を切りつけ、失血死で死なせてしまう。

裁判官は、こうした事件に至る経緯について詳細に述べた上、精神科医による診断を踏まえて、犯行が自閉症スペクトラムの影響を受けたものであったことを詳細に説明する。
その上で、裁判官は、量刑の判断過程として、生育歴や、病気に対処するために専門家の助力を求めてきたこと、反省の様子なども考慮しつつ、同時に、本人の犯罪傾向や行為の危険性などをも考慮したことを被告人本人に説明する。


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裁判官が、力強くゆっくりと話す様子を見ると、裁判官が、言葉を選び抜いて判決を書いたことが分かる。この青年には、事件の後も変わらずお互いを思い合っている「おばあちゃん」(nan)という存在がいることも分かる。そして、語られる内容から、裁判官が、さまざまな証拠を丁寧に検討して事実を認定し、評価し、量刑を判断したことを理解できる。20代の青年が高齢者をナイフで切りつけて失血死で死なせたという残虐な事件で、なぜ無期懲役刑ではなく、10年近くの刑が適当だと判断したのか。これが、新聞記事やニュースで、結果と簡単な理由のみを知るのでは全く異なるだろう。同時に、裁判官の言動を目にして、また証拠に触れながら詳細な判断理由を説明するのを耳にして、公正な裁判が行われたと感じる人もいるだろう。

これは、一つの例でしかない。しかし、その社会で生活する市民が、判決(量刑)理由について、アナウンサーの言葉や新聞を介してではなく、裁判官自身の言葉を直接見聞きすることには、特に判断過程が複雑な事件においては、とても大きな意味があると思う。





(注1)例えば、証人の安全保護のために証人の特定事項を秘匿することとされていたのに、過失などなんらかの理由で明らかになった場合が考えられる。国際刑事裁判所は、そのような事態に備えセキュリティ上の理由から、30分遅れて放送する運用をとっている。

(注2)本文で挙げた法域以外に、オーストラリアの各州でも、刑事事件について、判決言渡しと量刑の説明の場面について撮影が許可され、裁判所のウェブサイトなどで公開されている(ヴィクトリア州の例、ニューサウスウェールズ州の例)。
また、フランスも2022年に規則を改正し、一定の要件下で、手続の全部について撮影が認められることとなった。具体的には、マスメディアが、公共の利益や、教育、文化や科学等の性質上必要であるという理由を付して司法大臣に申請し(2条)、申請を受けた大臣が独立の機関に付託し(3条)、同機関は検察官の意見を聞いた上で判断するという(4条)。

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