2020年10月10日土曜日

勾留延長ー原則と例外の逆転

大麻所持事件の捜査の現状ー「原則」20日の身体拘束


有名俳優が大麻所持で逮捕されるというニュースが大きく報じられたのを機に、大麻規制のあり方についてこれまで以上に活発に議論がされるようになった。
大麻の規制のあり方とともに見直されなければならないと私が考えるのは、捜査のあり方、特に勾留の問題である。報道によれば、この俳優は、逮捕後勾留され、さらに勾留期間が10日近く延長された後に起訴された(後に保釈)。おそらく捜査機関は、逮捕する前から捜査を進めていたと推測されるが、それでもなお、この男性を20日近くもの間拘束した。

刑事訴訟法は、勾留期間を原則10日と定め、その期間内に起訴しない場合には釈放しなければならないと定める(208条1項)。そして、「やむを得ない事由がある」と裁判所が認める場合に、例外として最大10日、勾留期間を延長することができる。

しかし、大麻所持の事案で、勾留期間が延長され20日近く(逮捕から数えると23日間)勾留される例は決して珍しくない。私が実際に弁護を経験した事例では、繁華街を歩いている際に大麻を所持していたのが警察官の職務質問を機に発覚し、逮捕され、所持について何の争いもないというごく単純な事件で、勾留期間が10日延長され、逮捕から数えて23日勾留された例がいくつもある。

統計にも現れている。2019年検察統計の表42によると、大麻取締法違反で検挙され、勾留された者の総数が3740件、このうち20日以内勾留された者(16日以上20日以内)が2,444名(65.34%)だった。

勾留総数5日以内10日以内15日以内20日以内
3,740151,0871032,444

大麻取締法違反には、所持のみならず、輸入や栽培の罪なども含まれる。そのため、この数字は単純所持に限られない。しかし、それでも65%近くの場合に、本来例外とされている勾留期間の延長が認められているのである(なお、事件全体の16-20日の勾留延長の割合は、59.09%である(注1)。

どのような理由で勾留期間の延長が正当化されているのか。私が弁護した事件を見ると、①鑑定未了、②取調べ未了(あるいは供述の裏付け捜査を経てさらに取り調べる必要性があるなど)という例が圧倒的に多い。科学捜査研究所(科捜研。警視庁や都道府県警本部に設置される機関)が、10日以内に鑑定を終わらせられなかったことの問題は何ら問われていない。「取調べ未了」と言いつつ、検察官が一度しか取調べを行わず、中には一度も取調べを行わなかった例もある。捜査機関の能力不足や怠慢のつけを払わされているのは、警察官や検察官ではなく、劣悪な環境で自由を奪われる私たち市民である。

被疑者勾留の本来のあるべき姿ー原則は10日間


先に書いたとおり、刑事訴訟法は、10日間の勾留を原則とし、勾留期間の延長をあくまでも例外として位置付けている(注2)。戦後、現行刑事訴訟法が成立した当初は、実際に概ねそのように運用されていた。
昭和25年4月、勾留期間の延長が参議院法務委員会で問題にされた。以下は、議事録(第7回国会参議院法務委員会会議録第26号)の引用である。

深川タマエ参議院議員:
法務総裁に対しまして検察の運営に関する2つのご質問を申し上げます。そのまず第一番は、勾留の濫用による人権蹂躙についてでございます。刑事訴訟法第208条1項によりますと、「勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない」と規定しております。而してその第2項には止むを得ない事由がある場合に限りまして、更に10日以内の延長が認められております。即ち検察官の勾留期間は原則として10日以内に決め、真に止むを得ない場合に限って更に10日以内の延長を認めておるのでございます。然るに、最近における検察官による勾留の実情は、この第2項を乱用しまして、どんな事件でも1度勾留すれば20日間は当然交流する権利があるごとく、取扱われておるようでございます。(中略)。かくては、第1項の「検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない」という人権擁護の重大なる規定はあってなきがごとくであり、かくては人権上由々しき問題であると考えます。止むを得ない事由がないにも拘わらず、勾留期間を更に10日間平気で延長するがごときは、法律を無視するばかりでなく、これこそ勾留の濫用による人権蹂躙であると断ざるを得ないのでございます。

このように述べた上で、深川議員は、ある事件の詳細を紹介して、勾留の運用について質問した。

これに対し、殖田俊吉国務大臣は、「逮捕とか勾留とかいうようなことは、人身に対しまする最も大きな制限でありまするから、これはその運用につきまして最も慎重に取り扱わなければならない」と述べ、これを引き継いだ高橋一郎・政府委員は次のように回答した。

高橋一郎政府委員:
只今お尋ねの刑事訴訟法第208条の第2項によりまして、10日間の勾留期間を更に10日まで延ばすことができるわけではありますが、その点がどのように実際上運用されておりますかを見ますると、(中略)昨年の7月の末に検察官の手許に未済として勾留されておった被疑者の数が、全国で7031名でございまして、その中で10日以内のものが6,335名、10日以上20日内というものが696名あったのであります。大体9割は10日以内、20日以内10日になりましたのは1割程度でございます。その後も大体こういった運用状況になっておると考えますので、第2項はそれ程一般的に申しますると、濫用されているというふうにはいえないのではないかというふうに考えておるのであります。

その約70年後。この間科学技術がめざましく発展し、捜査機関は様々な捜査手法を得て犯罪捜査に対応できるようになった。しかし、それでもなお検察官は、「取調べ未了」「鑑定未了」を理由に、ごく当たり前のように勾留期間を延長しようとする。果たして、当時の議員たちが今の運用を見たとき、どう思うだろうか。

ちょうど今日、アメリカ・バーモント州においても大麻合法化の法案が可決されたとの報道を目にした。大麻の規制については様々な意見があるし、あって然るべきだと思う。しかし、合法化も進む大麻所持という事案において「鑑定未了」や「取調べ未了」を理由に、20日もの間勾留を続けるのが果たして許されるのか。釈放して捜査を続けることがなぜだめなのか。捜査実務の実態もまた、議論の対象にされるべきではないかと思う。




(注1)2019年検察統計別表42「既済となった事件の被疑者の勾留後の措置、勾留期間別及び勾留期間延長の許可、却下別人員ー自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除くー」によると、勾留総数は90,377件でうち16日以上20日以内の間勾留された例が53,402件であった。

(注2)原則10日というのも十分に長いと思うが、それはまた別の機会に論じることとしたい。


2020年10月2日金曜日

刑事手続と出入国管理手続のはざまで

裁判を待っている間にオーバーステイで強制退去?

先日、千葉地方裁判所で無罪判決を得た。20代前半のカナダ人女性が友人に誘われて来日し、空港の税関検査で、持ってきた缶詰の中からコカインや大麻が見つかったという事件だった。起訴から判決まで1年4ヶ月を要した。本当に長かった。

無罪。そしてようやく釈放。本当ならそのまま一緒に裁判所を後にして、喜びたいところだ。しかし、被告人が外国人の場合、そう簡単にはいかない。その時点で在留期間を過ぎている場合には、出入国管理法違反(オーバーステイ)の疑いがあるとして、出入国在留管理局に連れて行かれてしまうからだ。彼女の場合は、観光目的の短期滞在の在留資格(90日)で来日していた。判決を言い渡された時、とっくに在留期間が過ぎていた。

こうした事態はしばしば起きる。当局が、裁判を受けることを目的として短期滞在の在留資格の場合の期間更新を原則として認めていないからだ(注1)。実際に私は、別の事件で、裁判を待っている依頼人の在留期間の更新を申請したが、否定されたことがある。

自分が希望して日本に滞在するわけではない。一方的に訴追され、勾留され、裁判を待っているだけなのに、在留期間の更新ができず、結局在留資格を失って退去強制されるというのは、おかしくないだろうか。


在留資格は保釈にも影響するーもう一つの「人質司法」

問題は、オーバーステイにより退去強制事由が認められてしまうことにとどまらない。このことは、保釈、そして無罪を主張する権利にも影響する。

どういうことかというと、裁判手続にはどうしても時間がかかる。否認事件の場合、90日で終わることはほとんどない。被告人が短期滞在の在留資格で滞在している外国人(例えば、ビジネス出張や旅行で来日した外国人)の場合、裁判を待っている間に在留期間が過ぎ、在留資格を失うことがほとんどだ。ところが、裁判所は、在留資格のない外国人にはほとんど保釈を許可しないという現実がある。そのため、外国人が無罪を主張し、裁判に時間を要するため、裁判が係属している間に近い将来在留資格を失うことが見込まれる場合、現実的には保釈は許可されないということになる。

保釈されずにずっと身体拘束され続けるならば、無罪を主張することを諦めて、有罪答弁して判決を甘んじて受けいれるーそういう考えに陥るのはごく自然なことだろう。自分の依頼人にも、そのように判断して争うことを諦めた人が何人もいる。これは、もう一つの人質司法というべき問題だと思う。


問題解決のために

この問題を解消するための方法は、短期滞在による在留資格の更新を認め、あるいは、裁判を受けることを活動内容として、別の在留資格への変更を許可することだ。そうでなければ、出張のために来日したビジネスパーソンや、観光のためにやってきた旅行者が、何かの理由で逮捕勾留、起訴され、裁判を受けることになった場合、ほとんど保釈の可能性がなくなる。結果、無罪を主張することを諦めることになってしまう。そんな国に来たいと思うだろうか。

そして、裁判所においても、在留期間が過ぎるまでの間にできるだけ早くに裁判を終わらせる、迅速な裁判を実現するよう努めるべきだと思う。


旅券の携帯義務と保釈


刑事弁護をやっていて刑事手続と出入国管理法の間の矛盾を感じるのが、保釈中の旅券携帯義務である。
外国人の場合、弁護人が旅券を預かることを保釈の許可条件とすることがよくある。旅券がなければ海外渡航することができないので、これは逃亡を防止するための実効的な措置といえるだろう。
中長期在留資格(例えば定住者)の外国人の場合には、あまり問題はない。しかし、短期滞在の在留資格の外国人は、旅券を携帯し、求められた場合には呈示する義務を負っている(出入国管理法23条)。そのため、保釈された場合に旅券の扱いをどうするのかという問題が生じる。このことが大きく取り沙汰されたのが、カルロス・ゴーン氏の保釈と逃亡だった。

裁判所の運用もまちまちである。弁護人が本人の代わりに旅券を携帯し、呈示を求められた場合には、速やかに弁護人が被告人のもとに駆けつけて呈示することとして旅券の携帯等義務を果たさせようとする裁判官がいる。一方、代理人による旅券携帯は許されていないとして、このような方法を否定する裁判官もいる。鍵付きのケースに入れ、鍵を弁護人が保管することにより解決しようとする場合もある。

 しかし、この問題も、旅券の携帯について入管法を改正するなどして統一的な解決を図るべきであろう。例えば代理人による携帯を認め、呈示をを求められてから一定の時間内に旅券を示せれば携帯・呈示義務を果たすことができることとしてはどうか。実際に、諸外国にはそのような立法例もあると聞く。このような抜本的な解決をした方が、手作りの鍵付きケースに旅券を入れて本人が持ち歩くよりも、よほど実効的に逃亡を防止できるはずである。そして何よりも、住居も身柄引受人もいて本来保釈が認められるべき外国人が、旅券の扱いをめぐって保釈を否定されるような事態を避けられるはずである。


最後に


現在開催されている法制審議会の刑事法(逃亡防止関係)部会では、入管行政と刑事訴訟の関係の調整を検討すべきという意見も出ている(注2)。前述の旅券の扱いについても、本人に持たせないような仕組みを設けるべきではないかという提案もなされている(注3)。これを機に、刑事訴訟実務と入管行政実務の間で生じている矛盾を解消するような議論がなされることに期待している。



(注1)法務省は、ホームページにおいて、「『短期滞在』に係る在留期間の更新は、原則として、人道上の真にやむをえない事情又はこれに相当する特別な事情がある場合に認められるものであり、例えば、病気治療をする必要がある場合などがこれに当たります。」と説明している。
(注2)法制審議会・刑事法(逃亡防止関係)部会第2回議事録の小木曽綾委員の発言(21頁)。
(注3)同・高井康行委員の発言(4−5頁)。






刑事裁判の公開と、判決宣告のオンライン配信ー刑事手続のIT化について考える③

1 判決宣告のテレビ撮影と配信 先日、刑事裁判の審理のインターネット配信をテーマに ブログ記事 を書いた。 これとは異なり、判決宣告の場面に限ってテレビ撮影し、オンライン配信やテレビ放映する制度を設けて運用する法域が存在する 。その背景には、オンラインによる審理の公開による問題(...