2020年7月21日火曜日

外国人に対する職務質問

職務質問の実際


アメリカ・ミネアポリスで起きた警察官によるジョージ・フロイドさん殺害事件を契機に、全米、そして世界各地で、
Black Lives Matterという言葉を掲げた、差別の撤廃と制度の改善を求める運動が展開された。
日本ではどうか。私は日々刑事弁護の仕事をしている。その中で、警察官が、職務質問の場面で、外国人に対して差別的な取り扱いをしていることにしばしば気づく。

事例

警察官が職務質問の相手を見つけ、声をかける様子を知る手がかりとなるのが、彼らが逮捕の状況を記録した報告書(逮捕手続書)である。もちろん、ここに記載されていること全てが真実とは限らない。しかし、報告書の中で、なぜその人に職務質問をしようと考えたのか、警察官がその理由の説明を書くのが通例である。
私が弁護を担当した事件で作成された報告書には、実際に次のような記載があった(プライバシー保護のため、事実を一部変えてある)。いずれも東京都内の路上での職務質問の場面である。

[ケース1]
身長175cmくらい、髪金髪、白色長袖シャツ、ジーパン、スニーカー姿の白人男性と、身長155cmくらい、ドレッドヘアー、サンダル姿の黒人女性が、並んでXX通り方向へ歩いて行くのを発見した。六本木地区では、外国人による薬物等の所持・使用等の事案が散見されており、白人男性と黒人女性が一緒にいた状況が不自然であったことから、後を追いかけ…路上で呼び立てて、身分証の提示を求めた

男性の挙動に不審な点があったというのではない。「白人男性と黒人男性が一緒にいた状況が不自然であった」ことを理由に声をかけようと考えたというのである。これはまさに、人種・国籍差別の一例である。

ここまで露骨ではなくても、「外国人」に見える身体的特徴を理由に、ごく些細な行動をとりあげて職務質問を正当化しようとする例がある。

[ケース2
年齢40歳くらい、身長180cmくらい、ボーダーシャツ、黒色ズボンの外国人男性を発見し注視していると、男性は目が合うや一瞬驚いた様子を見せ、近くにいた客引きの声も無視して足早に立ち去ろうとしたので、声をかけることにした。

[ケース3
迷彩柄ジャンパーを着た外国人男性が、女性と歩いているのを発見すると、こちらに気づいて目をそらしたことを認めたことから不審と認め職務質問を開始した。

この2つの例では、警察官が道を歩いている「外国人」を注視し、目が合うや目線をそらしたことから不審に思って声をかけようと思ったというのである。
法は、職務質問が許される場合について、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある場合」と定めている(警察官職務執行法21項)。人とあって目が合って目線をそらすのは、そんなに珍しいことか。「異常な挙動」で、「何らかの罪を犯そうと疑うに足りる相当な理由」とになるのだろうか。

3つの例いずれにおいても、その後警察官は、相手に声をかけて、身分証の提示を求めた。相手が旅券や在留カードを持っていないと知るや、警察署への同行を求めた。いずれの事件でも、男性たちは警察署に連れて行かれ、所持品検査が行われた。所持品から違法薬物が見つかり、現行犯逮捕されることとなった。外国人らしい身体的特徴を理由に声をかけられ、身分証の提示を求められる。持っていない場合には、さらに職務質問が続けられる。所持品検査が行われる。本来は任意であるはずが、実際にはそこに拒む「自由」はない。拒めば、長時間をかけて説得される。その場を去ろうとすれば、立ち塞がれ、その場に留め置かれる。「逃げようとした」と非難される。裁判所はこうした方法を通常違法ではないと判断する。警察官に声をかけられたら最後、彼らの気がすむまでその場を立ち去ることはできない。職務質問それ自体もそうだが、その後に続く一連の手続を考えると、「外国人であること」あるいは「外国人らしい身体的特徴」を理由にした差別的な職務質問は、重大な人権侵害をもたらしているのではないか。


外国人の場合の特殊性ー旅券や在留カードの携帯義務


外国人に対する職務質問や所持品検査をより「実効」たらしめているのが、旅券不携帯・不提示罪である。出入国管理法は、外国人に旅券や在留カードを携帯し、求めに応じて提示するよう義務付けるとともに、これを怠った場合を犯罪としている(出入国管理法
23条。旅券不携帯・不提示は罰金10万円以下(76条)、在留カードの不携帯は罰金20万円以下(75条の3))

下記は、警察庁に情報開示を求めて入手した、旅券不携帯による現行犯逮捕する過去10年の件数である。


現行犯逮捕通常逮捕合計
2009年2144218
2010年1721173
2011年1243127
2012年95095
2013年1104114
2014年76379
2015年1002102
2016年86793
2017年1148122
2018年1944198
2019年1684172


外国人に旅券の携帯を義務付ける国は日本だけではない。それでも、私は、外国を旅行中に旅券を携帯することはほとんどない。絶対になくしたくないので、ホテルや滞在先の貴重品入れに保管する。旅券を示す場面に備えて、携帯電話に写真を保存しておく。そういう人は決して少なくないだろう。
ところが、日本では、2019年には168人もの人が現行犯逮捕されているというのである。

司法の場で争えば良い?

このように、外国人が職務質問の場面で差別的な取扱いを受け、要件を欠く職務質問により逮捕に至るという例が存在する。しかし、そのことが、刑事裁判の場で争われた例は極めて少ないように思う。なぜか。それは、争うことにより身体拘束が長引くのを避けるためだろう。違法薬物の所持は、前科がなければ有罪判決を受けても執行猶予になるのが普通である。早く認めて保釈される、保釈されないとしても一刻も早く裁判を終えて釈放されたい-そう考えて、争うことを諦める人は決して少なくないはずである。裁判所が、捜査の違法を理由に証拠排除を認める見込みが乏しいなら、なおさらである。

日本の刑事司法の場面においても、「差別」は存在する。正面から問題になっていないだけで、実際には存在する。国籍や人種による差別は、決して異国の地の問題ではないのだ。


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