2020年9月11日金曜日

検察官とマスメディアとの関係ー検察官倫理について考える

垂れ流される捜査情報


逮捕され、警察官に取り囲まれてうなだれる被疑者の写真。「現場から被疑者の指紋が発見された」という警察
/検察「関係者」のコメント。「被疑者は事実を認めているという」という記事のまとめ…。新聞やテレビ、インターネットは、日々こうした報道であふれている。報道を目にするうちに、私たちは知らず知らずのうちに「この人が犯人だ」「この事件は〜だ」と思い込まされる。裁判が始まる前に、犯人と決めつけられ、社会的に有罪と判断されてしまうとするならば、裁判とは一体何なのか。

報道の自由や知る権利が重要であることは言うまでもない。一方で、こうした報道のあり方は被疑者/被告人の無罪推定を否定し、将来行われる裁判にも影響しうる。果たして、検察官は捜査情報を何の制限なく報道機関に発表することが許されるのだろうか


検察官の情報発表を規制する規定の不存在

日本には、検察官とマスメディアとの関係、具体的には検察官が捜査や刑事手続に関する情報提供を規制する規定がほとんど存在しない。強いていえば、公務員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならないと定める国家公務員法100条があるだけである。倫理規程にもそのような規定はない。そもそも国家公務員倫理法と同倫理規程があるだけで、刑事事件の捜査や訴追を担う検察官を対象にした倫理規程は存在しない。

検察官による不祥事を受けて設けられた検察の在り方検討会(法務大臣の諮問機関)では、検察官が職務遂行において従うべき倫理規程を明文化すべきであることが提言された。これを受けて、2011年9月「検察の理念」が設けられた。しかし、その内容は抽象的なものにとどまり、報道機関との関係については何も言及されていない。


諸外国の例-アメリカ(連邦)の例

諸外国ではどうか。アメリカには、検察官とマスメディアとの関係に対する法律上及び倫理上の規制が存在する。


1.  ABAの法曹模範規則

まず、アメリカ法曹協会(American Bar Association, ABA)の法律家職務模範規則(Model Rules of Professional Conduct)がある。この規則は1983年に採択され、改訂が重ねられてきた。現在までに49州とワシントン特別区などで採択され、裁判所規則等として機能する。検察官にも適用される。模範規則は、「事件の公表」という項目を設け、事件や訴訟を担当する法律家が、司法判断に重大な予断を与える実質的可能性があることを知り、あるいは合理的にしりうる事項について、訴訟手続外で陳述することを禁じる(3.6)。また、検察官の特別な職責」を定め(3.8)、その一つとして、社会人に対する社会的非難を強める可能性のある訴訟手続外の論評を避けなければならないとする(3.8(f))。

ABAは、1968年に「刑事司法の基準」(Standards of Criminal Justice)を採択し、「検察の機能」という基準を設けた。これはあくまでも「ベストプラクティス」を示したものであり、その違反が懲戒原因や、刑事訴訟における実体法・手続法上の主張を直接構成するものではない(3.1-1(b))。基準では、秘密裏または匿名で、公にされていない情報を提供してはならないことなどが定められている。

 

2 司法省ガイドライン

連邦司法省ガイドラインは、検察官とマスメディアとの関係について、ABAの模範規則をさらに具体化して規制する。


連邦政府規則(Code of Federal Regulations, “CFR”)のうち、司法省に関する規則は、司法省職員(連邦検察官を含む)による、刑事事件に関する情報の公表について具体的なガイドラインを設けている(CFR. §50.2


刑事事件に関する事実の公表に関して、裁判の結果に影響を与える目的で陳述し、あるいは事実を公表してはならないことを確認した上で(同⑵)、公表する事実は疑う余地のない事実に限られるべきであり、主観的な観察内容を含むべきではないこと、具体的には、被告人の名前や年齢、住居、起訴事実の内容、逮捕の時間や場所などに限られることが示されている(同⑶)。他方で、被告人の供述(自白や否認、供述しない態度を含む)、指紋やポリグラフ検査などの検査に関する手続に関する内容、証人候補者の将来の証言内容や信用性に関する意見、事件の証拠に関する意見、また有罪答弁の可能性に関する意見などを公表してはならないことを定める(同⑹)。また、被告人が報道機関によってテレビ・写真撮影されるのを促すことなども禁じる(⑺)。

司法省のマニュアルJustice Manualも、情報の秘匿と報道機関との関係について定める1-7.400「進行中の刑事/民事/行政事件の捜査に関する情報の開示」、1-7.500「刑事/民事/行政事件の捜査に関する開示可能な情報の発表」)。


これらのガイドラインは内部的な効力しか有しないとされているが、新人の教育指導や組織内部の一貫性、さらに組織としての判断構造を示すという点で重要性がその指摘されている(Ellen S. Podgor, Department of Justice Guidelines: Balancing “Discretionary Justice”Cornell Jounal of Law and Public Policy Vol. 13 (2004), 167 at 194. )。


なお、司法省は、検察官の倫理違反とされる行為について調査する部署(Office of Professional Responsibility, "OPR")を独自に設け、判断内容等について公表している。

 

3 その他の国の制度

検察官とマスメディアとの関係に関する倫理規程を設けているのは、アメリカだけではない。

イギリスは、Crown Prosecution Serviceが内部ガイドラインにおいて、過剰なマスメディア報道が、公正な裁判を受ける権利を侵害する可能性があることを指摘して、関連する裁判例を紹介している

カナダも、検察官の倫理規程Public Prosecution Service of Canada Deskbook)を設けている2.9章はマスメディアとの関係について詳細に定め、社会に対する説明責任を重視して適時に正確に情報を提供することを求める一方、被告人の有罪無罪や、事件の弱点などに関する個人的な意見など、述べるべきではないことについても規定を設けている(7.2)。ニュージーランド香港も、検察官に対する倫理規程の中で、検察官とマスメディアとの関係について具体的な規定を設けている。


今後あるべき議論

東京高検検事長の定年延長をめぐり、元検事長が新聞記者とかけ麻雀を繰り返していたことが発覚したのを契機として、検察官倫理に大きな注目が集まった。その後設けられた検察行政刷新会議では、検察官の倫理がテーマの一つとして挙げられている。問題の本質は、一検察官の賭け麻雀ではない。検察官とマスメディアの関係に対する不信こそが問題にされるべきであろう。

これを機に、検察官による情報発表に関するガイドラインの導入に向けた議論・検討がなされるべきだと思う。その際、先に紹介したアメリカ連邦司法省のガイドラインは参考になると思う。被疑者・被告人は裁判の前に「有罪」と決められてしまうような社会でよいのか。検察官倫理は、公正な裁判の実現に直結する問題として考えられるべきだろう。


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