国連人権理事会作業部会は、カルロス・ゴーン氏に対する拘禁をめぐる申立てに対し、先日
意見を公表した。ゴーン氏の逃亡をなんら正当化するものではないと断った上で、起訴前勾留、公判前勾留のあり方や、取調べにおける弁護人の不存在、勾留の基礎となる資料にアクセスできない問題、さらに刑事施設での処遇や手錠腰縄による無罪推定を受ける権利の侵害など、多岐にわたり問題を指摘し、厳しく批判している。
政府が述べるように、意見書は、勾留に対する司法審査(特に勾留質問)や勾留決定に対する不服申立て制度が看過されており、事実誤認があるようにも読める。しかし、その責任は、作業部会ではなく政府にあるようにも思われる。作業部会が指摘するように(パラ53)、公判前であることを理由に政府が実質的な内容を伴った反論をせずに、条文の説明に終始した。司法審査が実質的に機能していることをきちんと説明して理解を得ようとしなかったからこそ、このような認定になったのではないか(なお、意見書は、勾留に対する司法審査があまりに形式的なもので、形骸化していることを捉えて述べているようにも思われ、単なる誤りとも思われない。この点については別に論じることとしたい)。
日本の報道を見ると、「政府が異議を申し立てた」という点ばかりが取り上げられている。しかし。意見書の内容を真摯に受け止め、よく検討し、日本の刑事司法制度のあり方について考える機会にすべきだ。
意見書の和訳はあまり目にしないため、議論の材料とするため、一部(パラグラフ50以下)を試訳した。誤りがあればぜひご指摘いただきたい。また、その都度修正することをご容赦いただきたい。
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以下訳
検討
50 作業部会は、資料を提出した情報源及び日本政府に感謝の意を表する。
51 提出された主張を検討する前に、作業部会は、いくつかの前段階の論点について言及したい。第一に、作業部会は、最初の通信が通常の手続の下でなされて以来、ゴーン氏が2019年12月に逃亡したため日本にいないことに留意する。このことは、作業部会が意見を採用する妨げとならない。なぜなら、このような状況における事件の検討を禁止する規定が作業方式の項目に存在しないからである。実際に、作業部会は、日本におけるゴーン氏の自由の剥奪に関する主張が重大であり、さらなる注意に値すること(注7)、また、この事件が日本の刑事司法の重要な側面に関係することを考慮すると、意見を出すことが必要であると考える。さらに、作業部会は、政府の多大なる関与にもかかわらず、いまだに日本への訪問に招聘されていないことを考慮すると、これまでに分析する機会がなかった事件の要素について判断したいと考える。
52 第二に、作業部会は、この意見を提出するにあたり、ゴーン氏が日本当局の管轄から逃亡した状況について、何らの意見を表明しないことを強調する。作業部会が、このような逃亡を容赦し、あるいは正当化するものだと受け取られるべきではない。作業部会は、ごく最近、2019年9月の42/22決議によって3年間期間が延長された決議1991/42において人権理事会が規定している通り、恣意的拘禁または関連する国際基準に反する拘禁の事件を調査するという付託を実行することとする。作業部会は、全ての加盟国が、経済犯罪に関する深刻な犯罪事実を含め、罪を犯した責任に問われる者を捜査し、訴追し、処罰する義務を負っていると認識する。しかし、本件では、作業部会の意見は、ゴーン氏に対する手続の対象となる訴追事実に関するものではなく、これらの手続が実行された条件に関するものであり(注8)、これは付託と完全に合致する。
53 第三に、作業部会は、申立てに対する当初の回答に言及され、その後の回答において説明されている、日本政府の立場に留意する。すなわち、日本政府は、手続が始まる前に裁判に関する情報を公表することを日本法は許容していないとして、ゴーン氏に関する情報は提供できないというのである。しかし、作業部会が過去に、日本の法制度に関する意見の中で述べた通り、政府が国内法によって国家当局の行動に関する詳細な説明を提供できないと主張するのでは不十分である(注9)。作業部会はさらに、その意見の中で、世界中の恣意的逮捕及び勾留の被害者のニーズに応えるために、そして加盟国がお互いに説明責任を果たすために作業部会が創設されたこと、したがって加盟国は、被害者によって提起された紛争を解決するメカニズムを提供するよう意図しなければならないことを説明した。このことは、国家が作業部会に十分に協力することを決議33/30において明らかにした通り、人権理事会の意図するところでもある。したがって、作業部会は、政府ができる限り十分な情報を部会に提供した上で、政府からの回答を得ることを通常予定していた。国内法により詳細な情報を提供することができないという日本政府の主張は、こうした要求に適合しない(注10) 。
54 第四に、ゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかどうか判断するにあたり、作業部会は、証拠に関する論点について法的に確立された原則に留意する。もし情報源が、恣意的拘禁を構成する国際法違反について一定程度の証拠を提出した場合には、その主張を否定するためには政府が証明責任を負う。手続が合法的に行われたとだけ政府が主張するのでは足りない(注11)。本件では、日本政府は、情報源の多くの主張に対して実質的な回答をせず、適正手続の保障を含む立法の引用に終始した(注12)。とはいえ、拘禁が国内法に則って実行されたという場合であっても、作業部会は、拘禁が、国際人権法と一致しているかどうかを評価しなければならない(注13) 。
55 最後に、ゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかどうかを判断する以前に、ゴーン氏が実際に自由を奪われた期間に関する、前段階の問題がある。情報源によれば、ゴーン氏は、2018年11月19日の最初の逮捕以降、2019年3月5日に初めて保釈により釈放されるまでの間警察拘禁及び公判前勾留されていた。そして、2019年4月4日から、2回目の保釈により釈放される同月25日までの間警察拘禁されていた。合わせると、これらの2つの期間は128日に及ぶ(注14)。
56 これに対し、情報源は、2018年11月19日の逮捕以降、保釈により釈放された2019年3月5日から4月4日までの期間、そして、2019年4月25日以降の期間も含めて、ゴーン氏の自由が制限されていたとさらに主張する。情報源によれば、行動と意思疎通の自由に課されていた制限の厳しさを考えると、ゴーン氏は、特に2019年4月25日以降、自宅軟禁されていたという。日本政府はこの点について言及しなかった。
57 ゴーン氏に課された保釈条件には、巨額の保釈保証金の納付、パスポートの提出、日本からの出国禁止、日本国内の場合は裁判所の事前許可なき3日以上の旅行禁止、裁判所に承認された住所での居住義務、配偶者との直接の接触禁止、弁護士に提供された携帯電話とパソコン以外の使用禁止、使用できる場合であっても監督下に置かれること、通話記録、インターネットの検索記録及び弁護士以外の者との面会記録を毎月裁判所に提出する義務が含まれていたという主張について、日本政府は争わなかったものと作業部会は認識している。
58 本件では、ゴーン氏に科された保釈条件は非常に厳しかった。特に、弁護士を介する以外には、裁判所の許可なく直接配偶者とコンタクトを取ることを無期限に禁止されていたという、2回目の保釈期間中に科されていた条件は異常に厳しいものだった(注15)。しかし、作業部会は、こうした状況が自宅軟禁に相当するという情報源の主張には賛同しない。それは、むしろ警察及び司法によるコントロールだった。
59 作業部会は、2018年11月
19日から2019年3月5日までの間、及び4月4日から同月25日までの間、警察拘禁及び公判前勾留におけるゴーン氏の自由の剥奪が恣意的であったかを判断する。
i. カテゴリーI
60 情報源は、ゴーン氏に対する4回にわたる拘禁が、刑事上の罪に問われて逮捕または勾留された者は裁判官の面前に速やかに連れて行かれなければならないと定める自由権規約9条3項に違反すると主張する。情報源によれば、ゴーン氏は、2018年11月19日に最初に拘束されてから23日後(注16)である2018年12月10日までの間裁判官のもとに連れて行かれなかったという。2018年12月10日に、裁判所の面前に連れて行かれることのないまま2度目の勾留がなされ、さらに3回目として2018年12月21日から2019年1月11日までの間勾留され、この日に裁判所の面前に連れて行かれて起訴された(注17)。
最後に、2019年4月4日、ゴーン氏に対する4回目の逮捕が行われた。ゴーン氏は裁判官の面前に連れて行かれ、21日後の4月25日に起訴された。日本政府は、これらの主張に対して、日本の刑事訴訟法の下で確立された手続に一致しないと述べる以外には言及しなかった。
61 自由権規約委員会が述べてきたとおり、48時間は、逮捕後拘禁された者を裁判官の面前に「速やかに」連れて行くことを求める自由権規約の要請を満たすのに通常十分であるとされる。それ以上に長い遅滞は、絶対的な例外でなければならず、特定の状況において正当化されるにすぎない(注18)。こうした要請の目的は、司法当局が勾留の法的根拠を検討し、もしそのような法的根拠が存在しない場合には、個人を釈放するよう命じることを可能にするという点にある(注19)。
62 作業部会は、裁判官の面前への速やかな引致を定める9条3項における要請は、ゴーン氏に対する4回にわたる逮捕それぞれに妥当すると判断する。最初の逮捕は、ゴーン氏に対する最初の拘禁であり、速やかに裁判所の面前に連れて行かれなければならなかった。2回目及び3回目の逮捕は、警察拘禁の期間の最後になされた。情報源によれば、いずれの逮捕も、23日という警察拘禁の期間制限を迂回し、当局がゴーン氏を勾留し続けることを意図してなされたという。3回目の逮捕は、前日にゴーン氏を釈放する命令が出たにもかかわらず実行された。この点において、ゴーン氏の2回目及び3回目の逮捕に続く警察拘禁の合法性には、重大な疑問が生じるのであり、拘禁の司法審査を受けるためにゴーン氏は速やかに裁判所の面前に連れて行かれなければならなかった(注20)。さらに、ゴーン氏の4回目の逮捕は保釈による釈放の後になされたものであり、自由権規約9条3項の要請が適用される。
63 したがって、作業部会は、逮捕に後行した22日、10日、19日、21日に及ぶ各拘禁は、裁判官の面前に連れて行かれずになされたものであり、自由権規約9条3項に違反すると判断する。
64 同様に、情報源によれば、そして日本政府は争っていない点であるが、ゴーン氏は、これらの4つの拘禁期間中、裁判所の面前で勾留を争うことができなかった。情報源によれば、日本法の下では、個人は起訴されなくても最大23日間勾留され、起訴されるまでの間釈放を求めることができないという。その結果、ゴーン氏は、起訴されるまで裁判所に釈放を求めることが許されていない。彼は、2019年1月11日及び同月18日に釈放を請求した。既に述べたとおり、拘禁の合法性を争うために裁判所に手続を求める権利は、最初の段階から拘禁の法的根拠に対する司法審査を確保する基本的な保障として、逮捕の最初の瞬間から適用される(注21)。ゴーン氏に対するこの権利の保障が遅れたのは、自由権規約9条4項違反を構成する。
65 さらに情報源は、ゴーン氏の事件が裁判所に提起されたとき、裁判所は、勾留に対して実際の審査を行使しなかったと主張する。情報源によれば、検察官の勾留請求を日常的に認容する刑事司法制度の一部として、裁判所は、徹底的な審査を経ることなくゴーン氏の拘禁を追認した。ゴーン氏の拘禁に対する審査として、裁判所は、ゴーン氏が最初に保釈により釈放された2019年3月5日より前の公判前勾留について、代替的な手段を検討するべきであった。
66 作業部会は、公判前勾留は原則ではなく例外でなければならず、出来る限り短期間でなければならないという、国際法の確立された基準を想起する(注22)。自由権規約9条3項は、「裁判を待つ者を抑留することが原則であってはならないが、釈放にあたっては、裁判その他の司法上の手続の全ての段階における出頭が保障されることを条件とすることができる」と定める。これは、自由が原則であると認められ、勾留が例外であることが正義にかなっているという考えに基づく(注23)。
67 この原則を実行するためには、公判前勾留は、個別的な判断に基づくものでなければならず、逃亡、証拠の工作または再犯の防止という目的に照らして合理性及び必要性がなければならない(注24)。裁判所は、保釈のような拘禁の代替手段によって身体拘束が不必要となるかどうかを判断しなければならない(注25)。情報源によれば、ゴーン氏の保釈請求は、2019年1月15日及び同月22日に却下され、2019年2月28日になされた3回目の保釈請求によって、2019年3月5日に釈放されることとなった。日本政府は、それぞれの場面における保釈の反対について理由を説明していない。説明がないために、作業部会は、ゴーン氏の公判前勾留が自由権規約9条3項に則って適切になされたという議論を受け入れることができない。さらに、拘禁されている者は、起訴前勾留に対して保釈を請求することが許されていないために、裁判所が、ゴーン氏に対する起訴がなされる前の勾留について代替手段を検討することにより9条3項を遵守することは不可能である。作業部会は、代用監獄を廃止し、あるいは勾留に対する代替手段が起訴前勾留の期間中に十分に検討されるべきという動きに賛同する(注26)。
68 最後に、作業部会は、ゴーン氏が、2018年11月18日から2019年4月まで続く逮捕において、当局のもとに置かれていたという事実に留意する。繰り返された逮捕の必要性に関する日本政府からの説明がないため、作業部会は、この勾留の展開パターンは、国際法上の法律上の根拠のない、手続の裁判外の濫用(an
extrajudicial abuse of
process)であったと判断する(この点については、カテゴリーIIIでさらに検討する)(注27)。
69 以上の理由から、作業部会は、当局は、ゴーン氏の拘禁に対する法律上の根拠を立証しなかったと判断した。自由の剥奪は、カテゴリー1において恣意的であった。
ii. カテゴリーIII
70 情報源は、ゴーン氏の勾留は、結果的に、23日の警察拘禁の期間制限を迂回する不公正な方法として用いられたと主張する。情報源によれば、検察官は、2つの期間(2010年から2014年、及び2015年から2017年)の収入減少の公訴事実に人為的に分けた上で、1回目及び2回目の逮捕を行い、それぞれ23日間の勾留を可能にした。さらに、当局は、拘禁した件について手続を進めることなく、既に把握していた10年前に遡る事実を理由に、2018年12月21日にゴーン氏を3回目の逮捕をした。最後に、ゴーン氏は、検察官がずっと前から把握していた事実によって、2019年4月4日、4回目の逮捕をされた。
71 これに対する回答として、日本政府は、刑事訴訟法60条及び208条により、被疑者勾留は、厳格な司法審査を経て、刑事訴訟法に規定されている期間に限り許されていると主張する。同様に、日本政府は、被疑事実の告知や、勾留理由開示請求権、及び勾留取消請求権をはじめとする刑事訴訟法上のその他の保障についても主張する。これらの保障は重要であるものの、日本政府は、情報源の主張に対して直接反論しなかった。
72 政府からの他の説明がない以上、ゴーン氏に対して繰り返された逮捕は、彼を確実に拘束することを意図した手続の濫用のように思われる。情報源によれば、司法当局は、2018年12月20日同様の結論に達し、ゴーン氏をさらに10日勾留すべきという請求を却下した。そのような判断にもかかわらず、ゴーン氏は翌日3回目逮捕された。作業部会は、ゴーン氏を4回にわたり逮捕勾留する手続が、根本的に不公正であり、自由を回復することを妨げ、後述する通り弁護人と自由に意思疎通する権利を含む公正な裁判を受ける権利を侵害されたと結論する。こうした不公正な手続上の措置を考慮すると、作業部会は、本件を裁判官及び弁護士の独立性に関する特別報告者に付託することとする。
73 さらに、情報源は、ゴーン氏が、「人質司法」と呼ばれる、勾留の制度的パターンのもとで勾留されていた、このような制度の下では、被疑者が過酷な条件下で長期間勾留され、その結果心理的に圧迫されて自白することになると主張する。情報源によれば、ゴーン氏が勾留されていた環境、具体的には独房で、運動を阻害され、常に照明がつけられ、暖房がなく、家族や弁護士との意思疎通が制限されている(注28)という環境が自由権規約10条1項に違反しており、自分で効果的に弁護する能力が損なわれていたという。その結果、ゴーン氏は、自分に対する被疑事実に関する事実が列挙された日本語の文書に署名した。情報源によれば、ゴーン氏は、文書について口頭による同時通訳が提供されただけで、署名したとき弁護人は立ち会っていなかったという。
74 これに対する答弁として、日本政府は、任意にされなかった自白の証拠としての使用禁止及び自白だけを根拠とする有罪認定の禁止を定める日本国憲法38条及び刑事訴訟法319条に言及する。日本政府によれば、検察官が自白のみに依拠することは決してなく、正当な証拠に基づいて有罪の高度の蓋然性があると判断する場合にのみ刑事訴追するという。また、日本政府は、刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律における、未決拘禁者の処遇、運動、拘束具及び面会に関する数多くの規定を引用する。
75 作業部会は、ゴーン氏が自分に対する訴追事実に関して供述するよう効果的に強制するような状況で勾留されていたこと、したがって、自由権規約14条2項の保障する無罪推定を受ける権利、そして同14条3項の保障する自己に不利益な供述または有罪の自白を強要されない権利が侵害されたことを、情報源が一定程度立証したと判断する。被告人による供述が、直接間接を問わず、捜査当局による身体的または不当な心理的圧力によってなされたのではなく、自分の意思によってなされたものであること(注29)を証明する責任は、日本政府が負う。しかし、日本政府はそうしなかった。
76 この結論に至るにあたり、作業部会は、その他の人権機関が、自白に過度に依拠する代用監獄における取調べと勾留の運用実務が、公正な裁判を受ける権利を重度に侵害し、被拘禁者を拷問、虐待及び強要にさらしていると認定していると理解している(注30)。実際に、作業部会は過去に、同様の懸念を表明し、不十分な司法審査の下での過度に広範な検察官の裁量によって、差別的な法律の適用につながる環境をもたらしていると注記した(注31)。作業部会は、本件を、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約の特別報告者に付託することとする。
77 情報源はさらに、ゴーン氏が検察官による取調べを連日受け、時には1日に複数回、平均5時間続き、弁護人が立ち会っていなかったと主張する。検察官は、弁護人が拘置所を尋ねることができない時間帯を含め、いつでもゴーン氏を取り調べることができた。ゴーン氏は、30分を超えて日本国外の弁護士と話すことができず、やりとりをメモする職員が立ち会っていたために、意思疎通も秘匿されなかった。ゴーン氏は、主張に対するアクセスも否定され、取調べ中に尋ねられた質問を根拠に検査官の捜査を再構成しなければならなかった。この主張に対する回答として、日本政府は、刑事訴訟法39条1項について言及する。この規定は、被疑者が逮捕後速やかに弁護人を選任し、第三者の立会なく面会する権利を規定する(注32)。日本政府は、この規定が本件にどのように適用されるかに関しては何もコメントしなかった。
78 自由を奪われた者は誰でも、逮捕直後を含め、拘禁中いかなる時においても、自分の選んだ弁護士による法的援助を受ける権利を有し、弁護人に対するアクセスは遅滞なく行われなければならない(注33)。作業部会は、ゴーン氏に対して初めから弁護人にアクセスする機会を提供せず、その後日本国内及び国外の弁護士との面談を制限したことは、自由権規約14条3項(b)の規定する防御の準備のために十分な時間と便益を与えられた上自分の選任した弁護人と連絡する権利を侵害したと判断する。弁護士との面会が、見えることは許されても当局に聞かれることが許されてはならない。弁護士とのすべての意思疎通は秘匿されなければならない(注34)。主張に対する平等なアクセスが与えられなかったことも、武器対等の原則を侵害する(注35)。作業部会は、日本政府に対し、刑事被告人が拘禁の初めから、そして取調べの間に弁護人にアクセスできるようにすることを強く求める。
79 最後に、情報源は、ゴーン氏が2018年11月19日に逮捕された際、報道記者たちが事前に逮捕について知らされていたために、有罪であるように伝えられたと主張する。情報源によれば、ゴーン氏が2019年4月4日に4度目の逮捕をされた際、検察官が報道記者やカメラマンたちを伴ってやってきて、彼らが逮捕の場面を写真に記録して、広くばらまいたという。これらの要素は、社会がゴーン氏に対して否定的なイメージを持つことにつながった。さらに、2019年1月8日に東京地方裁判所に出頭した際、手錠され、腰紐でつながれていたという。
80 これに対し、日本政府は、事件に関する情報が報道機関に意図的にリークされたという主張には何ら根拠がないと主張する。日本政府は、刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律78条に言及し、施設職員が被拘禁者に付き添う際又は被拘禁者に逃亡や自傷、第三者に対する加害又は器物損害の危険がある場合には、拘束具を使用することが許されるという。
81 作業部会は、裁判の結果について先入観を持たせることを控えるのが当局の義務であるということ、そして報道機関は、無罪推定を損なうような報道を回避すべきであることを想起する(注36)。ゴーン氏の逮捕の場面の画像が広く流布されたことを考慮すると、報道機関は事前に知らされていた可能性がある。作業部会は、こうした画像が、このような著名事件において、ゴーン氏に対して社会が否定的なイメージを持つ一因となり、自由権規約14条2項の保障する無罪推定を受ける権利を侵害したという可能性を排除できない。さらに、ゴーン氏が裁判所に出頭する際に拘束具が必要だった理由を日本政府が説明しないために、作業部会は、手錠と腰縄の使用が、無罪推定を受ける権利をさらに侵害したと認定する。刑事被告人は、無罪推定が損なわれることから、危険な犯罪者であるかのように示唆する方法で裁判所に出頭させられるべきではない(注37)。
82 作業部会は、ゴーン氏の拘禁がカテゴリーIIIの言う恣意的な性格であったといえる程度に、これらの公正な裁判を受ける権利の侵害が深刻なものであったと結論づける。
83 作業部会は、日本政府と前向きに力を合わせ、恣意的な自由の剥奪に関する重大な懸念に取り組む機会を歓迎する。2016年11月30日、作業部会は、日本を訪問する機会を求め、ジュネーブにある国際連合日本代表本部との会合の間に、こうした訪問の可能性について検討するよう誓約したことを歓迎する。2018年2月2日、作業部会は、訪問についてさらに求めた。人権理事会の特別手続への協力を強化すると言う意図の表れとして、日本政府からの積極的な回答に期待する。
処分
84 上述の観点から、作業部会は次の意見を提出する。
2018年11月19日から2019年3月5日まで、及び2019年4月4日から同月25日までの間のカルロス・ゴーン氏の自由の剥奪は、世界人権宣言9条、10条、11条1項、自由権規約9条、10条1項及び14条に違反し、恣意的であり、カテゴリーI及びIIIに妥当する。
85 作業部会は、日本政府に対し、カルロス・ゴーン氏の状況を改善し、世界人権宣言及び自由権規約をはじめとする、関連する国際基準に適合させるために必要な措置を遅滞なく講じるよう求める。
86 作業部会は、本件のすべての状況を考慮すると、適切な回復措置として、国際法に従い、補償及びその他賠償を求める強制執行が可能な権利をゴーン氏に与えるべきであると判断する。
87 作業部会は、日本政府に対し、ゴーン氏の恣意的拘禁に関する状況について完全かつ独立した調査を確実に行い、彼の権利を侵害した責任にある者に対して適切な措置を講じるよう強く要請する。
88 作業の方式に関する規定33(a)に基づき、作業部会は、適切な措置のために、裁判官及び弁護士の独立に関する特別報告者、及び拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する特別報告者に、本件を付託する。
89 作業部会は、日本政府に対し、利用できるあらゆる手段を持って、出来る限り広く本意見を広めるよう求める(注38)。
フォローアップ手続
90 作業方式パラ20に基づき、作業部会は、情報源及び日本政府に対し、本意見の中でなされた勧告のためのフォローアップのために行われる措置に関する情報を提供するよう求める。
(a) ゴーン氏に対し、補償又はその他の賠償がなされたかどうか
(b) ゴーン氏の権利侵害に関して調査が行われたかどうか、行われた場合にはその結果。
(c) 日本法及び実務について、本意見が示した国際的義務に調和させるために法改正又は実務の変更が行われたかどうか。
(d) 本意見を実行するためにその他の方策が講じられたかどうか
91 日本政府は、本意見で示された勧告を実行する際に直面した問題点や、作業部会による訪問など、さらに技術的な援助が必要かどうかを作業部会に知らせることを奨励される。
92 作業部会は、情報源及び政府に対し、本意見が送達されてから6ヶ月以内に、上記の情報を提供するよう求める。しかし、作業部会は、本件に関する新たな懸念に気づいた場合に、本意見のフォローアップにおける措置を独自に講じる権利を留保する。このような措置によって、作業部会は、勧告を実現するためになされた進展や措置が取られなかったことについて、人権理事会に対して知らせることが可能となる。
93 作業部会は、人権理事会が、すべての加盟国に対し、作業部会に協力するよう促し、その意見を考慮し、必要な場合には恣意的に自由を侵害された者の状況を改善するために適切な措置を講じるよう求め、講じた手段について作業部会に知らせるよう求めたことを想起する(注38)。
(2020年8月28日採択)
(注7)意見Nos.55/2018パラ59及び50/2017パラ53(c)参照
(注8)意見No.1/2020パラ74
(注9)意見No.70/2018パラ32
(注10)同上。パラ32-33。人権理事会決議42/22パラ7及び9、並びにA/HRC/36/38パラ15も参照。
(注11)A/HRC/19/57パラ68
(注12)意見No.9/2009パラ22-24参照(その中で、作業部会はこのようなアプローチが情報元の主張に対する反論とならないと判断した)。
(注13)意見Nos. 46/2019, パラ50、4/2019, パラ46及び10/2018、パラ39
(注14)情報源は拘禁期間を129日と主張するが、最初に逮捕された2018年11月19日から2019年3月5日までの間は107日であり、情報元の計算による108日ではない。情報源によれば、ゴーン氏は2019年4月4日から25日までの21日間拘禁されていたので、合計すると警察勾留及び公判前勾留は128日となる。
(注15)作業部会は、No.55/2018の中で、同様の配偶者との接触禁止について検討し、異常であると注記した。
(注16)2018年11月19日から2018年12月10日までの期間は22日である。
(注17)ゴーン氏は、2019年1月8日、ごく短時間裁判所に出頭し、勾留の理由を説明された。3回目の逮捕に続いてゴーン氏の勾留が検討された最初の機会は、1月11日ではなくこの時であったように思われる。したがって、司法審査のない期間は19日間となる。
(注18)自由権規約委員会一般的意見No.35, パラ33
(注19)意見Nos. 15/2020パラ56及び70/2019パラ62。自由を剥奪されたすべての人が法廷に救済とその手続を求める際の基本的原則とガイドライン(A/HRC/30/37)パラ3参照。
(注20)自由権規約委員会一般的意見No. 35パラグラフ32。ゴーン氏の状況は、Everton Morrison v. Jamaicaで自由権規約委員会が言及した事件と対照的であるかもしれない。この事件(通報No.635/1995)では、被告人は、最初の起訴において合法的に勾留されたが、2回目の起訴の際には釈放される権利がなかった。
(注21)A/HRC/30/37 原則8及びガイドライン7
(注22)意見8/2020パラ54、1/2020パラ53、57/2014パラ26、49/2014パラ23, 及び28/2014パラ43参照。また、自由権規約委員会一般的意見No.35パラ38及びA/HRC/19/57パラ48-58参照。
(注23)A/HRC/19/57パラ54
(注24)自由権規約委員会一般的意見35パラ38
(注25)同上。さらに、意見No.83/2019パラ68及びA/HRC/30/37、ガイドライン15参照。
(注26)国連人権理事会UPR第3回審査パラ161、勧告135-137、自由権規約委員会の日本の第6回定期報告に関する総括所見パラ18、拷問等禁止委員会の日本の第2回定期報告に関する総括所見パラ10 及び作業部会意見No.55/2018パラ78参照。
(注27)意見No.37/2018パラ32も参照。
(注28)被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソンマンデラルール)基準13,23,43-45,58及び61、及びあらゆる形態の抑留または拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則、原則15及び17-19参照。
(注29)自由権規約委員会、裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利に関する一般的意見No.32(2007)パラ41。また、意見Nos.15/2020パラ76及び5/2020パラ83も参照。
(注30)自由権規約委員会の日本の第6回定期報告に関する総括所見パラ18 、及び拷問等禁止委員会の日本の第2回定期報告に関する総括所見パラ10-11参照。
(注31)作業部会が、意見No.42/2006パラ13-16を引用した意見No.55/2018パラ78参照。
(注32)日本政府は刑事訴訟法198条1項を引用するが、この規定は、取調べにおける被疑者の弁護人の立会いについて特に規定していない。
(注33)A/HRC/30/37、原則9及びガイドライン8、自由権規約委員会一般的意見N0.35パラ35
(注34)マンデラルール基準61(1)、あらゆる形態の抑留または拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則の原則18, A/HRC/30/37 ガイドライン8
(注35)意見No.70/2019パラ79、自由権規約委員会一般的意見No.32パラ33
(注36)自由権規約委員会一般的意見No.32パラ30
(注37)同上。意見Nos. 83/2019パラ73、36/2018パラ55、79/2-17パラ62、40/2016パラ41及び5/2010パラ30も参照。
(注38)人権理事会決議42/22パラ3及び7。